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人混みの中でも彼女を見つけるのは簡単だ。
理由は簡単。好きだからだ。口に出せば恥ずかしいけど。
ちなみに目立つ特徴はない。服装も一般的。
とにかく性格が良い。自分と合う。そんな彼女ときょうは駅前で待ち合わせをしている。
誰でも知っている銅像の前。
本当は待ち合わせにふさわしくない場所だけど、迷わなくて分かりやすいことを優先してそうなった。
時間に余裕があるのなら二人で迷うのも悪くない、とか浮いたことを考えながら出かける準備。
駅まで徒歩。電車で移動。一駅で降りて約束した時間に到着した。
予想通り、駅前には人が多い。それも十代後半とか二十代。つまり自分と似たような年齢の人ばかり。
「もう着いた?」とLINEを送るか電話をすれば、時間をかけずに合流できる。けど、それはしたくなかった。
機械の力を借りずに見つけたい。
一人で誰かを待っている女子。けっこうな数がいるけど大丈夫だ。
銅像の周りを歩く。
「待ち合わせ場所」であるから、怪しく思われることはない。堂々と一周。
結果、彼女はいなかった。
まだ到着していないのだろう。ということで、駅改札から見えやすい位置で待つ。
電車が到着。改札から人が出てくる。それらしい子はいない。
その十分ほど後に、もう一本電車が到着。そこでもまたいない。
更にその十分ほど後に、もう一本来たけど結果は同じ。
意地を張ってないで、そろそろ連絡を取るべきだ。もしお互いに見つけられずにいるなら、デートは気まずい始まりになってしまう。
電話をかけたら、彼女はすぐに出た。
「いまどこにいる?」
『銅像の前。もしかして遅れてる?』
返ってきた声はこちらを心配していた。
「いや、それは大丈夫。俺も駅前だから」
事実を言った。
『手、挙げてみて』
「分かった」
言われた通り手を挙げる。と、彼女は見えないと言った。
「芽依も上げてみて」
『挙げたよ』
「…見えない」
お互いどこにいるのか分かっていなかった。
何故か。
少し考えて、自分が今いる場所の真裏へ行ってみると彼女はそこにいた。
「こっちだったんだ。いつからいた?」
『約束の時間には』
短く答えた。
ということは、一周したときに見つけられなかったということだ。
ショック。
だからといって「好き」の度合いが落ちてしまったわけではないけど、とか思っていると、「探してた?」と訊いて来た。
「…探してた」
「この像、前も後ろもないからね」
緩やかに言った。
確かにその通り。この銅像は二体で一つの融合体だ。
でも、それより一度見逃したことのほうが問題だった。彼女のほうも気付いていなかったことは置いておいて。
すっきりしないまま今日を過ごしたくない。そんな理由で彼女に一周したことを正直に言う。
と、「私も」と答えが返ってきた。
「どのタイミングかは分からないけど、鬼ごっこみたいになったのかもね」
緩やかに言う。
その一言で、こだわっていたことがどうでもよくなった。実際がどうだったかは確かめようがない。
穏やかに前向き。それが彼女の良いところだ。細かいことにはこだわらない。それを見倣うことにして、さっきの「ショック」を放り投げた。
きょうはまずCDショップへ行く。その後はノープラン。「行こうか」と言って手を差し出した。
ここに到着するまで持っていた考えは消えた。自分は良くも悪くも単純なのだろう。
彼女は少しも戸惑うことなくその手を取った。「あれば良いね」と言う。
「まあな。なかったらなかったで、何か発掘出来たらそれで良い」
横並びで歩いていると「前向きとか珍しい」と指摘された。
その理由ならある。けど、言えない。肯定だけ返して、これから行く店の話を始めた。
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