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あの子が消えた理由 2
それから、ずっとなつみとミヤは一緒だった。授業の時でも、ミヤはすぐ隣に立っていた。
「ねえねえ、ほらなつみ!」
ミヤが窓の外を指さす。
「見て、犬が散歩してる! かわいい!」
見ると、校庭の外の道をおじさんに連れられたパグがとことこ歩いていた。
「本当だ、かわいい」
自分の耳にも届かないほど小さな声で、なつみは呟いた。
どんなに小さくても、口に出しさえすればミヤはなつみの言葉が聞き取れるのだ。
「そうだ、犬っていえばさ。なつみ、人面犬って知ってる?」
「何それ」
「そのまんま、人の顔をした犬よ」
「変なの」
「でもさあ、人面犬がいるなら犬面人(けんめんじん)といないと不公平だと思わない?」
「何それ!」
ミヤはなつみにしか見えないんだから、他の人から見れば思い出し笑いしているように見えるだろう。なつみは必死で笑いをこらえた。
けれど、その努力はあまり意味がなかったようだ。
「さっき、なにニヤニヤしてたんだよ」
光弘(みつひろ)が、なつみの髪を引っ張った。
いつもだったら、なつみは黙って女子トイレに逃げ込むところだ。だけど、今日は違った。
「やめてよ!」
言うつもりもなかった言葉が、なつみの口から爆発した。自分で自分の言葉にびっくりする。
体が勝手に動いて、立ち上がる。そして座っていたイスを思い切り放り投げた。叩きつけられたイスは、床の上をすべって机の脚に引っかかって止まった。
シン、と教室中が静かになった。
「やられっぱなしだから、バカにされるのよ」
ミヤの言葉が響いた。
さっき、体が勝手に動いたのはミヤのせいだったのだ。
教室の雰囲気に耐えられず、なつみは教室から飛び出した。
「おい、どうした!」
後ろで、担任の先生の声がした。
それから、なつみは男子からからかわれなくなった。というか、何かしたらまた暴れるんじゃないかと距離を取られている感じだ。それでも、どこから殴られたり蹴られたりするかわからないころよりはだいぶマシだった。
「ありがとう、ミヤのおかげ」
なつみがお礼をいうと、ミヤはにっこりと笑った。
「当然だよ。だって、私達友達だもの」
ミヤは、まっすぐなつみのことを見つめて言う。
「ねえ、私達、ずっと友達だよね」
「あたりまえじゃん!」
そんな日々を送っていたある日曜日、ミヤと遊んでいたなつみは、ちょっと頭が痛くなって、早めに家に帰ることにした。
「ただいま」
家の玄関を開ける。
「先に行ってるね~」
ミヤが、一足早くなつみの部屋にいく。
玄関に上がろうとしたなつみは、玄関に見慣れない靴があるのに気づいた。
お客さんがいるらしく、居間から声が聞こえてくる。
「独り言ではなく、会話をしているみたいなんですよね、なつみさん」
(保健の先生の声?)
自分の名前が出たのが気になって、なつみはそっとドアに耳をつけた。
母親の声が聞こえる。
「ええ、そうなんです。一人で部屋にいるときなんて、「ミヤちゃん」って人に話しかけてるみたいで。もちろん、誰もいないのに」
どきっとなつみの心臓が跳ね上がった。
(気をつけて話していたはずなのに、お母さんに気づかれてたなんて)
ミヤちゃんと話すのが楽しくて、ついつい大きな声になっていたかも知れない。
「お母様、多分それはイマジナリー・フレンドというものだと思います」
(いまじなりー・ふれんど?)
「感受性が強い子が、空想の友達を作り出すんです。別に病気ではないんです。大きくなったら自然になくなりますし……」
どきどきと跳ねる心臓はおとなしくならない。
(ミヤちゃんは私の作り出したお友達? 実際にはいないの?)
階段の上から、ひょっこりとミヤが顔を出した。
「どうしたの、なつみ?」
今行くよ、と言う代わりに、なつみは手を振った。
(ミヤの正体がなんだろうと別にいいわ。だって、私には見えるし、声も聞こえるんだもの)
なつみは、そう自分に言い聞かせた。
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