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あの子が消えた理由 3
スマホの画面は、下から湧いてくる泡で三分の二ほど埋められていた。なつみがタップして、いくつか弾けたが、湧いてくる方が多い。そしてとうとう、画面は埋め尽くされ、ゲームオーバーの字が浮かびあがる。
二人は、その日も出会った神社で遊んでいた。
「あー、なつみ下手くそ!」
「なによ~ ミヤより上手だもん」
ミヤは、ぱっとなつみのスマートフォンを奪い取った。
「あ、ちょっと返してよ」
「やだ~」
ミヤはふざけてスマホを持ったまま走り出す。
「こら、まて~!」
ミヤを追って、なつみが大きな木の後ろに回り込んだ。そして、何か柔らかいものにぶつかる。
「あいた!」
声を出したのは、なつみでもミヤでもなかった。
大きな眼鏡をかけた男の子が、画用紙と鉛筆を持ったまま、しりもちをついていた。
「ああ、ごめんなさい」
慌ててなつみは誤った。
男の子の持った画用紙には、セミの絵が描かれていた。
「わ! すごい! これ、あなたが描いたの?」
「う、うん。そうだけど」
「見てみなよ、ミヤ!」
小声で叫んで、ミヤの姿を探す。
(あれ?)
ミヤがどこにもいない。
「ねえ、君は? 僕は貴彦(たかひこ)」
「わ、私はなつみ」
いないと思ったミヤが、近くにいつの間にか立っていた。なぜか、少し悲しそうな顔で。
貴彦となつみは気があって、一か月後にはお互いの家に遊びに行くようになった。
そして、貴彦の真似をして、なつみも絵を描くようになっていた。最初は少し付き合いみたいな感じで描き始めたが、やってみるとこれが結構おもしろくて、今はすっかりはまっている。
「ほら、描けた!」
貴彦は、描きあがった小鳥の絵を見せた。
「なつみさんは?」
貴彦が手元を覗き込む。
「あ、まだ描き途中」
画用紙には、描きかけの女の子の絵があった。
おかっぱ頭で、Tシャツと短パンの女の子。
「なつみさん、その女の子よく描くよね」
「うん……ミヤちゃんっていうんだけど……」
あれから、ミヤちゃんはだんだんと姿を現さなくなった。最初は貴彦と遊んでいるときだけ。それからどんどんといない時間が増えてきて、今はまったく出てこない。
今まで、なつみはミヤのことを言わなかった。『想像上の友達』なんて言ったら、なにか変な人と思われるんじゃないかと思った。
「どうしたの? なんだか悲しそうだけど」
貴彦が顔をのぞきこんでくる。
心配されて、なつみは本当のことを言おうと思った。自分のことをここまで考えてくれる人に、嘘をついたらいけないと思ったから。
「あのね、ミヤちゃんは、他の人には見えないの。イマジナリー・フレンドっていうんだって。本当はいない、私が考え出したお友達なんだって」
そう言って、なつみはミヤとの思い出を話し始めた。
貴彦は黙って話を聞いていてくれる。
喋っているうちに、だんだんと声に涙が混ざってくる。
「でもね。貴彦君と会ったころから、いなくなっちゃった」
しばらく貴彦は考え込んでいた。
「……その、ミヤちゃんがいなくなった理由だけど。たぶん、もうなつみさんに必要なくなったからじゃないかな」
「どういうこと?」
「だって、ミヤちゃんのおかげでイジメがマシになったんでしょ? それに、ほら、僕っていう友達ができたじゃないか! だから、ミヤちゃんはなつみさんを自分から卒業させようとしたんじゃないかな。空想の友達じゃなくて、ちゃんと周りの人間と付き合えるようにって」
「じゃあ、ミヤが消えたのは私のため?」
今度は寂しさではない涙が流れてきた。
「ありがとう、ミヤ……」
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