小話1 マキさんによる良質な筋肉選手権

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小話1 マキさんによる良質な筋肉選手権

「なーマキさーん」 「何よー」 ある日、キイトに呼び止められてマキさんはそれまで読んでいた雑誌から顔を上げた。 今日は本来なら休みなのだが、つまみの試作品やら休憩室の模様替えやらがありメンバーの殆どが出勤していた。 いないのはアルバイトのチャロくらいだろうか。 キイトはというと、男だからという理由で模様替えに駆り出されていた。 勿論その間も出勤扱いでお金は出してくれる。本当に有難い職場である。 当の模様替えはというとつい先ほど終了し、あとは簡単な賄いでも食べて解散しようという話になっていた。 「俺もう少し鍛えたいと思ってんスけど。なっかなか思うようにいかないんスよ。どーしたらいいっスかね」 「成る程ね。任せなさい……!いい?!筋肉に必要なのは質よ質!良質な筋肉でなければ意味がないわ!」 それまでのんびりしていたというのに、仕事の時のように目を光らせている。 「良質って言われても。どんなのが良質なんスか?」 「うふふふふ!よくぞ聞いてくれたわ!なら私が確認してあげようじゃないのぉー!」 「え」 そんなわけで、急遽【メンバーの筋肉の質を確かめるぜ大会開催】 「さぁー、早速張り切って行くわよぉ〜!まずはキー君!」 「え?ちょ!!」 がばっと抱きついたかと思うとマキさんは後ろからキイトの身体を撫で回す。 突然のことに当の本人も周りも驚く中、シマさんとロイだけがいつも通りの様子であった。流石古株組である。 「うーん、若い割にはまぁまぁ!普通ね普通!良くも悪くも普通だわ……ただ、」 「うわ!」 「いーい身体はしてると思うのよねー。腹筋しっかりついてるし形もまぁまぁ。ま、好みじゃないけどぉー」 いつの間にはだけさせたのか。つい、と胸下から腹筋にかけての割れ目をなぞって行く。 「ハイ次ー!」 「……なん、え?」 勝手に撫で回して勝手にダメ出しを受けたキイトはショックを受けて固まっている。 マキさんは全く意に介さず次の目星を考え始めた。 「んー、」 ちょうどその時、厨房側からコテツが顔を出した。 「おい、飯出来たぞ」 「あーん!ちょうど良い所に来たわ!」 「は?……うぉ?!」 ひょい、とコテツの前に立ったかと思うとマキさんはそのままコテツの腕を掴む。 「うんうん、良いわね!」 「は?何やってんだマキさんは……」 話についていけず、コテツはキイトに尋ねる。 が、それにキイトが答えるよりも早くマキさんはコテツの評価を話し始めた。 「腕とふくらはぎは良いわねぇ!腕は流石料理人って感じよ!それに普段から走ったりしてるのかしら?ふくらはぎも良い感じ!だだねぇ、毛が好みじゃない」 「は、はぁー?!」 唐突な上げて落とす対応についていけないコテツ。 「なんか毛がねー」 「やめろ!!なんかやだろうが!え、俺変?!」 突然の上司のセクハラ発言にショックを受けたのか、コテツは驚愕した表情でマキさんに腕を出してみせる。 「やめて汚い!」 割と本気の表情でマキさんが悲鳴をあげる。 それに怒ったコテツが青筋を立ててマキさんに食ってかかる。 「ざけんなお前だって生えてんだろうが!」 「私はムダ毛なんて生えてないわよ!!失礼ね!」 「コテツさーん!!?」 バシン! 盛大な音を立ててコテツが床に突っ伏した。 「あの馬鹿力め……」 キイトが慌てて駆け寄るがコテツは動けないまま悪態をつく。 そんなコテツを無視してマキさんは次の獲物を漁る。 「さぁて!次よ次!次はー」 キョロキョロと周りを見渡したマキさんはカウンターに立つシマさんへと視線をロックする。 「うふふふ!次はシマさんね。シマさんはねー、あれでいて昔遊んでただけあっていいわよぉ!バランスがいい!」 そう言いつつカウンターの方へと入ったマキさんはシマさんに抱きついた。 「え、シマさんって」 「遊んでたんスか……!?」 しかしマキさんのその行動よりも一同はシマさんが遊び人だったことに驚愕していた。 そんな若者を放ったらかしにしてマキさんの解説は続く。 「シマさんは無駄な筋肉がついてないのよねー!良いわぁ羨ましい!」 「おやおやおや、やめてくださいよー」 脇腹から胸元にかけてマキさんがスルリと触るとシマさんはクスクスと笑いをこぼした。 「くすぐったいですよ」 「あらぁごめんなさい!つい触っちゃったわ。さー次!次は〜」 うきうきと次の獲物を狙うマキさん。ふと、視線の先にロイを見つける。 マキさんはそのままさっとロイへと駆け寄るが、ひょいと身体をしならせ避けられる。 その後何度かチャレンジするものの、一向にロイは捕まらなかった。 「んもおおお!触らしてくれなあああい!」 ぷぅ、っと頬を膨らませてマキさんがむくれる。 とはいえ、180cm越えの彼(いや、彼女?)が膨れてもあまり愛らしくはなかった。 「ちょっと!ちょっとおおおお!少しくらい良いじゃなーい!」 「んー、いいけど。お腹だけね」 はい、と出された腹筋は物凄く綺麗なシックスパックであった。 腹筋が割れるといっても、人によって数が違う。左右差があって格好がつかないと嘆くものもいるくらいだ。 マキさんは撫で回すようにその肌を触ると興奮気味に叫んだ。 「まずね!!肌の質がよすぎる!綺麗なお腹してる!綺麗だわ!!美容?!美容なの?!それとも素?!」 うっとりとした顔でその腹筋を眺めているがロイの方はどこ吹く風である。 「んまぁ!!素でこれだったわ凄いわぁ!それにジム通ってるからいい体してるわぁ!ロイちゃんの色気はここから出てるのねぇ!!」 いやぁ、いいものを拝ませてもらったとマキさんは上機嫌だ。 「さて、いよいよ最後な訳だけどー。あんまり気乗りしないのよねー」 ため息を吐いたマキさんは目当てのものを探すべくあたりに視線を彷徨わせる。 店の端、椅子に座ったキイトがアッシュの腰にしがみ付いていた。 キイトは抱きつき癖があるのか、嫌なことがあるとそうやって誰彼構わず抱きついてはひたすら愚痴を吐き続ける。 最初は皆聞いてやっていたがあまりにもグダグダと続くので今ではアッシュくらいしか聞いてやらない。 もっとも、アッシュの場合キイトを自力では引き剥がせないのもあるだろうが。 「はーい、アッシュちゃんいらっしゃーい」 「いや、触らなくていいです」 もう間に合ってますとばかりに両手をあげるがマキさんには全く通用しない。 べりっ、とキイトを引き剥がされるとそのまま腰を引っ掴まれた。 「あらぁあんた生きてる?ちょっと力入れたらおーれーそーう!」 「……っひ!!」 マキさんにとっては冗談だろうが、ぐっと手のひらに力を入れるとアッシュの骨盤から嫌な音がした。 それに驚いたアッシュはその手を引き剥がそうともがくが残念ながら敵うはずもない。 「これじゃ高齢者よこうれいしゃ!しいて言うならあんたの利点は毛が薄いことだけよ!」 がばっと上着をめくられベタベタと腹を触られる。 「なぁーんで太らないのかしらー!腹立つ!」 「いた、いだだだ!!!マキさん痛い痛い痛い!!!」 自分は食事制限だなんだと頑張ってやっとこれだというのにと半ば八つ当たり気味にアッシュの腰に抱きつく……というより最早締め上げていると言った方が正しかった。 「まーいいわ!結論!目指すならシマさんとロイちゃんね!」 「……ういっす」 分かったかしら?と尋ねられキイトは力なく頷いた。 「で、今日の反省点は?」 「話題を振る相手と場所は選べ、っスね」 ロイに尋ねられてキイトは静かにうなだれたのだった。
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