泣き虫君と弟分達

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泣き虫君と弟分達

――カタン 何やら物音がする。何だろうかと脳内で思うものの、身体がうまく動かない。 多分まだ身体が覚醒出来てないからだろう。 所謂金縛りのようなものだ。 今度は近くで衣擦れの音がする……と思ったら前髪を触られた。 一人暮らしの家で寝てる間に髪を触られるなんて普通なら飛び上がって怖がるところだが、大体の目星は付いていた。 パチリと目を開けるとそこには深い青の瞳がある。ユキオだ。 ユキオはアツシの弟分の1人で、よくここの家に入り浸っている。いない時にも上がれるよう合鍵も渡してあるのでこう言ったことはしょっちゅうだった。 とはいえ、いつもなら早めに起きて食事の準備やら洗濯やらと済ませて待っているのが常だ。 しかし昨日の一件で思ったより疲れていたらしい。 ユキオが来たのに気づいていなかった。 青みがかった白の髪が顔にかかる。透き通るような陶磁器色の肌と長い睫毛に覆われた青いビー玉。 どこに出しても恥ずかしくない王道の美少年顔だ。 遅れて「あ、起きた」という呟きが聞こえた。 「おはよう……今何時」 「はよ。今12時45分」 いつもなら10時には起きている。完全に寝坊した。 「ごめん」 「別にいい。ただ起きてないから珍しいと思って」 目線だけで何かあった?と聞いてくる。 流石に夜のことを話すのはと思ったので視線を逸らした。 「ちょっと疲れちゃって」 「ふーん」 ユキオの視線が痛い。これは絶対納得していない時の反応だ。どうしようかと冷や汗をかいているとユキオは冷めた声で一言呟いた。 「……早くやめれば」 ユキオはあの店を快く思っていない。というよりロイさんが嫌いなのだ。 原因は十中八九彼の性格だろう。なによりそのせいでアツシが苦労しているのが嫌なようだ。 ユキオとは彼が小学校低学年のころからの付き合いだ。 アツシが中学の頃この町に引っ越して来たのだが、その日のうちに迷子になり一緒にいたタイガに声を掛けられたのが始まりだった。 まぁ中3にもなって迷子になり、挙げ句の果てに小学生に助けられるなんて今考えてもだいぶ情けない話だが。 しかしその頃からユキオは変わっていない。 じっと見つめるとフイと顔をそらされた。 心配していると口には出さない。けれど放っても置かない。ユキオなりの優しさだ。 「ふん」 そしてどうやら拗ねているらしい。疲れている理由を教えないせいだろう。アツシは困ったように笑った。 「そういえばタイガは?」 話をそらそうというわけではないが、一緒に来ているはずの姿が見えない。 「飯作ってる」 確かにふと嗅いでみれば辺りには味噌汁の香りが漂っていた。匂いとは不思議なもので、あんなに食欲がなかったのにも関わらず腹が鳴る。 「ありがと」 「本人に言えば」 「ユキオも来てくれてありがとう」 無表情で明後日の方向を向いているユキオの頭を撫でる。ふん、とまた鼻で笑うとこちらへ視線を寄越した。 今度は純粋に気遣う目線だ。それに大丈夫だと返すとキッチンの方へ移動する事にした。 こちらに気づいたらしいタイガがお玉を持ったまま振り返る。 「おー!おそようさん!」 「……あれ?」 近くに来たアツシははたと立ち止まって首を傾げた。 「タイガなんかまた背、伸びた?」 前来た時は少し上くらいの目線だった。それが今は遠くなっている。 アツシも平均より高い筈なのだが、タイガはさらにその上をいっているようだ。 アツシの身長が最後に測った時は……確か178cmだっただろうか。 「そーなんだよ。今186!成長痛もないから流石にもう伸びねーだろうけど」 自慢げに笑うタイガにユキオが後ろから悪態を吐く。 「図体ばっかデカくて邪魔」 「へっへーん!ユキオくんはちっさいからいーですなー」 「うざ」 挑発されたユキオはタイガの脇腹を問答無用でぶっ刺した。ユキオだって175cmはあるので決して低くはない。ただ、タイガやアツシと並ぶとどうしても低く見える。 「いってぇー!!」 まさかの反撃の仕方にタイガが悶絶する。 「こらこら、喧嘩しない」 見兼ねたアツシが間に入るとユキオはタイガに対してべ、と舌を出した。それに対してタイガはイーッと変顔をして対抗する。背が高くなってもそういうところは変わらない。 「せっかく作ってくれたんだから一緒に食べよう」 「ほいほい。よそうからアツシは座ってろ。ユキオ、茶碗」 「タイガのくせに指図するな」 そう言いつつもユキオは棚からいつもの食器を取り出す。 3人分の食事をテーブルに並べると定位置へと腰を落ち着けた。 アツシの右隣がタイガ、左隣がユキオの定位置だ。 それを確認し、ふと食事に目をやるとアツシはパチリと瞬く。 「なんか……俺の多くないか」 出された食事はいつもより量が多かった。 アツシは男にしては小食な方だ。 大口を開けて食べるのが苦手で、物を詰め込むのも気持ち悪くなるので好きじゃない。 だからちまちまと食べているうちにお腹がいっぱいになってしまうのだ。 逆にタイガやユキオはばくばくとそれは気持ちいいくらいの食べっぷりを発揮する。 アツシ宅のエンゲル係数ははほぼこの2人が上げていると言ってもいいだろう。 「どうせ1人の時は食べねーんだから丁度いいだろう」 「……無理」 「無理じゃねーこのくらいフツーだフツー!また具合悪くなるぞ」 「いつの話してるの」 一度、アツシは仕事が忙しくて倒れた事がある。その原因が食欲不振だった。 その一件があってから、2人はやたらと食事時に突撃してくる。単に腹を空かせているのも勿論あるだろうが。 「文句言ってないで食べれば?」 味噌汁を啜りながらユキオが呟く。 その通りなのでアツシは文句をやめて大人しく手を合わせた。 「いただきます」 「召し上がれ!」 タイガの料理は豪快だが味付けはアツシに似ている。 いや、アツシに似ているというよりアツシの母親に似ているのだろう。 2人ともよくうちでご飯を食べていたし、アツシも母の味付けで料理を覚えたので自然とそうしている。 一緒に過ごしているとそういうものは共有されるらしい。 慣れた味付けは食べやすいとはいえ、なかなか食べきれない。 先に食べ終えた2人はそのまま他愛も無い話をし始めた。 なんの話かと食べながら耳を傾けると話の内容はユキオのストーカーについてだった。 「――それでさー、結局こいつのこと付け回してたの男だったわけ」 待ってそれ全然他愛ない話じゃない。 「ホント最悪」 今思い出しても腹が立つとユキオは目を釣り上げる。美人は怒ると怖いというが本当らしい。 普段から棘がある表情だが、今は虫けらでも見るかのような表情だ。 ユキオはこの容姿のせいで老若男女問わずモテる。 昔から変な人に声をかけられる度に一緒にいるタイガが撃退していた。高校生になってもそれは変わらず、というかむしろユキオの見目がどんどん良くなるので悪化の一途を辿っていた。 昔は少女のような見た目だったが、今はきちんと男に見える。しかしそこに青少年特有の危うげな儚さが追加された。結果、昔以上に本気で恋する男が増えたのだ。 「だ、大丈夫だったのか?」 アツシは心配になって食事の手を止めて眉根を寄せる。 それに対してタイガはケロっとした様子でヒラヒラと手を振った。 「大丈夫、相手は無事だ」 「いやそっちも大事だけど」 そうじゃない。 いやこっちは有段者だから確かに大事だけど! ユキオは合気道を、タイガは柔道を幼少期から習っているのだ。 「こいつ問答無用で放り投げるからあぶねーんだよ」 「クズにやる慈悲はない」 凄い剣幕だ。一体相手の男は何をやったんだ。思わずタイガの方を見る。 「あー、いきなり暗がりに連れ込んで襲おうとしたからな」 それはクズだな。反撃されても仕方ない。 「何もなくて良かった」 「大丈夫大丈夫。ピンピンしてらぁ」 「お前が言うな」 ケラケラと笑うタイガにユキオがツッコミを入れる。 タイガが笑っていられるのはそれだけユキオの周りに気を張っているからだ。 ユキオを守るのはいつも一緒にいる自分だと思っているのだろう。 実際タイガはユキオを大いに助けている。 「で、アツシの方はどうしたわけ?」 「ん?」 え、何? 2人の友情に親心のような感動を抱いているといつの間にか話が変わっていた。 「な、何が?」 思わず口籠るとタイガはニコリと笑う。 顔は笑っているが雰囲気が笑っていない。 「そんな疲れる程何があったのかと思ってな」 あ、これはこの話をする為の付箋だったのか。 ユキオを見れば冷めた表情でこちらを見ている。 その表情から読み取れるのは――大人しく言わないのが悪い、だ。 いやだって言えないだろう。 恐らくユキオをけしかけたのはタイガなのだろう。 失敗したのでプランBに変更したというわけか。 なんと言い訳するか迷っているうちにタイガが唇を尖らせる。 「はい時間切れー!すぐ答えられない時点で隠し事あるのバレバレですぅー!!」 大人しく吐け、と両隣から詰め寄られ、アツシは渋々白状した。 危機感が足りないとこっ酷く怒られたのは言うまでもない。
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