忘れることを学ぶ

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先輩は革ジャンのポケットから、女の子からもらった布切れを出して、テーブルの上に置いた。 「どう思う?」 「金石さんがさっき、キャンバスだって言ってたけど」 「キャンバスだよね。ハサミか何かで切り取ってる。切り口は新しく…」 「先輩、先輩、なんですか急に。科捜研の女ですか。テレビの見過ぎですよ」 先輩はニヤッと笑い、人差し指を立てて横に振った。 「私は相棒の方が好みなんだけどな。今の相棒誰だっけ、佐藤二朗だっけ」 「佐藤二朗に相棒は無理でしょう。イメージですけど」 アドリブ連発で話が進まなそうだ。 「まあ、ここにあるのは最近切り取られた古いキャンバスだってことよ」 あの子は一体何を思ってこれを渡したのだろう。ただの近所の子が、こんなもの持ち歩いてるわけないし。誰かに頼まれたのだろうか。 「あの子は誰ですか?」 「知らないわよ。そんなの。おばあちゃんの言うとおり近所の子じゃないの。それとも…」 「それとも…」 「座敷わらし!こりゃ、いいもの見た。眼福、眼福」 ダメだ、こりゃ。話にならん。俺はその布切れをつまみあげて、目の前でじっくり見た。 「何か、文字が書いてある!」 「ほう、チミもそれに気づいたかね。で君はそれをなんと読む?」 「なんと読むって、カタカナで『フェイク』って書いてありますよ」 キャンバスの中央にカタカナで筆のようなもので書かれていた。 「フェイクとはなんだ?」 先輩はやけに嬉しそうだ。なぜこんな嬉しそうにしてるんだろう。宝くじにでも当たったのかな。 「フェイクって偽物って意味でしょう。だからあの絵も偽物って言いたかったのかな」 「誰が?」 「あの女の子が…そんなわけないですよね。だいたいあの子がフェイクの意味を知ってるような気がしない」 あんまりにも難しいことばかりで、おれのてにはおえない。誰も俺に謎解きをもとめてはいないが。幸いなのは、俺が容疑者になったり、身近な人が殺されてないところだ。そんな日には目も当てられない。 「偽物ねえ…。肇ちゃんはあの絵、偽物だと思う?」 「俺はそんなのわかんないっす。ほっといたらいいんじゃないですか。ややこしいところ、つつきまわったら、いろんな事に巻き込まれますよ」 「最近の若者は事なかれ主義ね。真実と向き合うのは嫌だとおっしゃる」 先輩がアイスコーヒーをストローで飲む。ズズズと音がしてのみきったことがわかった。先輩の目元が心なしかキラキラしていた。そういう化粧をしているのだろう。 「俺はね、先輩。知識も頭脳も経験も何もない。僕に何ができるっていうんですか。あの子だってあのおばあちゃんだって、あの絵が本物の方がいいに決まってる」 「あの絵が本物だって事で、なきをみてる人が必ずいる。それは間違いない。結局は誰の味方をするかそういう話になる。まあ、これを読んで勉強してちょうだい。肇ちゃん」 先輩はテーブルの上にポンッとノートを放り投げた。よくあるコクヨのノートだった。表紙のところに『GOGH』とサインペンでかかれていた。 「ゴーオ?なんですかこれ?」 「それでゴッホって読むのよ。私の学生時代のノート。懐かしいね。学生時代の付き合ってた元カレ、今何してるのかなあ。連絡してみようかなあ、ねえ。どう思う?」 「やめてください。みっともない。未練がましい。金石さんらしくないっすよ」 先輩は頭を二、三回振って、ながい髪の毛をファサッとさせた。そして窓の外をみた。真面目な横顔だった。昔を思い出しているのだろうか。 俺はテーブルの上のノートを取り、ページをパラパラとめくった。先輩の勢いのある大きな文字で何かしら書かれている。即興のイラストみたいのもの、インターネットから印刷、コピーしたものも貼り付けてあった。
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