24人が本棚に入れています
本棚に追加
/83ページ
先輩は革ジャンのポケットから、女の子からもらった布切れを出して、テーブルの上に置いた。
「どう思う?」
「金石さんがさっき、キャンバスだって言ってたけど」
「キャンバスだよね。ハサミか何かで切り取ってる。切り口は新しく…」
「先輩、先輩、なんですか急に。科捜研の女ですか。テレビの見過ぎですよ」
先輩はニヤッと笑い、人差し指を立てて横に振った。
「私は相棒の方が好みなんだけどな。今の相棒誰だっけ、佐藤二朗だっけ」
「佐藤二朗に相棒は無理でしょう。イメージですけど」
アドリブ連発で話が進まなそうだ。
「まあ、ここにあるのは最近切り取られた古いキャンバスだってことよ」
あの子は一体何を思ってこれを渡したのだろう。ただの近所の子が、こんなもの持ち歩いてるわけないし。誰かに頼まれたのだろうか。
「あの子は誰ですか?」
「知らないわよ。そんなの。おばあちゃんの言うとおり近所の子じゃないの。それとも…」
「それとも…」
「座敷わらし!こりゃ、いいもの見た。眼福、眼福」
ダメだ、こりゃ。話にならん。俺はその布切れをつまみあげて、目の前でじっくり見た。
「何か、文字が書いてある!」
「ほう、チミもそれに気づいたかね。で君はそれをなんと読む?」
「なんと読むって、カタカナで『フェイク』って書いてありますよ」
キャンバスの中央にカタカナで筆のようなもので書かれていた。
「フェイクとはなんだ?」
先輩はやけに嬉しそうだ。なぜこんな嬉しそうにしてるんだろう。宝くじにでも当たったのかな。
「フェイクって偽物って意味でしょう。だからあの絵も偽物って言いたかったのかな」
「誰が?」
「あの女の子が…そんなわけないですよね。だいたいあの子がフェイクの意味を知ってるような気がしない」
あんまりにも難しいことばかりで、おれのてにはおえない。誰も俺に謎解きをもとめてはいないが。幸いなのは、俺が容疑者になったり、身近な人が殺されてないところだ。そんな日には目も当てられない。
「偽物ねえ…。肇ちゃんはあの絵、偽物だと思う?」
「俺はそんなのわかんないっす。ほっといたらいいんじゃないですか。ややこしいところ、つつきまわったら、いろんな事に巻き込まれますよ」
「最近の若者は事なかれ主義ね。真実と向き合うのは嫌だとおっしゃる」
先輩がアイスコーヒーをストローで飲む。ズズズと音がしてのみきったことがわかった。先輩の目元が心なしかキラキラしていた。そういう化粧をしているのだろう。
「俺はね、先輩。知識も頭脳も経験も何もない。僕に何ができるっていうんですか。あの子だってあのおばあちゃんだって、あの絵が本物の方がいいに決まってる」
「あの絵が本物だって事で、なきをみてる人が必ずいる。それは間違いない。結局は誰の味方をするかそういう話になる。まあ、これを読んで勉強してちょうだい。肇ちゃん」
先輩はテーブルの上にポンッとノートを放り投げた。よくあるコクヨのノートだった。表紙のところに『GOGH』とサインペンでかかれていた。
「ゴーオ?なんですかこれ?」
「それでゴッホって読むのよ。私の学生時代のノート。懐かしいね。学生時代の付き合ってた元カレ、今何してるのかなあ。連絡してみようかなあ、ねえ。どう思う?」
「やめてください。みっともない。未練がましい。金石さんらしくないっすよ」
先輩は頭を二、三回振って、ながい髪の毛をファサッとさせた。そして窓の外をみた。真面目な横顔だった。昔を思い出しているのだろうか。
俺はテーブルの上のノートを取り、ページをパラパラとめくった。先輩の勢いのある大きな文字で何かしら書かれている。即興のイラストみたいのもの、インターネットから印刷、コピーしたものも貼り付けてあった。
最初のコメントを投稿しよう!