特別な権利

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特別な権利

「お前の髪顔に当たるんだけど 、どうにか出来ない?」 それは何気ない一言だった。何でもない普通の日。いつものように練習を行っていた。休憩に入ると一人のチームメイトが言った。コートで揺れるひとつ結びはつい目で追ってしまうもの。しかし対面している際、稀に顔に当たってしまうのはよくあることだった。それでも綺麗に伸びた女の髪に何か言えるような者は少なく、影で言うことはあっても直接本人には言えていなかった。それが、ついに本人に言い渡されたのだ。言われた本人といえば真剣な面持ちでゴメンと謝り1つに結ばれた髪をほどいて何度も結び直し始めた。困った様子に気付いたのか一学年下の後輩が声をかけた。 「どうしたんですか?」 「おだんごにしようかと思って……でも難しくて直ぐほどけちゃって」 「2つ結びとかはどうですか?三つ編みとかにしたら……」 「いまゴム1つしか無くて」 そう答えると、後輩も全く考えが浮かばない様で結ぶ姿を応援する側に回っていた。何をやっているのだか。何度やっても頭を振ると緩いのか髪が垂れて来る。そしてやり直す為にほどいては手で髪をとかしてはまとめてまた結ぶ。その姿を見ていると普段から1つにしか結ばないのは興味がないからとかではなく不器用だからなのかもしれない。 「なあ、ここ座れよ。俺がやってやる。」 「え?」 「キャプテン出来るんですか!?」 流石にここまで出来ないとは思っていなかったし、休憩時間も残り少ない。さっさとやってしまえとつい声をかけてしまった。 「たまに妹にやってるからな。上手く出来るか知らねえけど。」 そう言えば、少し悩んだ様子をみせながらもベンチに腰かけた。 「じゃあお願いします。」 普段結ばれている髪が下ろされた姿はいつもと違う印象で少し大人っぽい後ろ姿に見えた。手で髪をとかしながらまとめていく。さらさらと指通りの良い髪は素直できちんと掴んでいないとすぐにこぼれてしまう。確かにこれだと自分でやるにはやりづらいかもしれない。1つに纏めたところで一度はなして頭の上の方から少しずつ髪をすくい取り編んでいく。纏めるには編みこんでと妹が参考に持ってくる母さんの雑誌に書いてあった。しっかり握っていないとこぼれてしまう髪を丁寧に編み最後にゴムで纏める。ただまとめて1つにするよりかは、編んだ方が暴れない筈だ。ほらよ出来たと纏めた髪を弾けばほんのり良い香りが鼻を掠める。 思わず自分の手の匂いを嗅いでしまう。 「なんかいい匂いすんな。何か付けてんのか?」 「ちょっと、嗅がないでよ!練習中なんだから恥ずかしいでしょ!」 咄嗟に振り替えってぎょっとした表情をしながら手首を捕まれて顔から離された。デリカシーがないだとか、無神経だとか、人の気持ちも考えてなど顔を真っ赤にしながら訴えてくる。 「別にいい匂いだから問題ねぇだろうが。」 「あるのー!」 「また耳真っ赤にしてやんの」 もーーー!と声をあらげながら耳を隠して睨み付ける姿なんか全く怖くも迫力もない。そして、勢いよく動いても髪が崩れていないし、振り返ったときに髪が邪魔にならなかったのをみるに上手いこと結べたようだった。 「髪も崩れていないしこんなもんだろ。見慣れないけど、似合ってんじゃねぇか?なあ?」 「はい!とっても似合ってます!」 そう言えば、という顔をして耳を隠していた手をうしろにして髪型を確認する。崩れていないことに感嘆の声を漏らすと、次には小さな声で呟いた。 「ありがとう……」 それから暫く、自分で編めるようになるまでの間は練習の前に俺が髪を結ぶ係りになった。コートについて仕度が終わるとベンチに座って哲と俺を呼んで髪をほどく。いつもと変わらない声の筈なのにその時だけは何だか違うように聞こえた。 (特別な権利)
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