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開幕
私は劇が開演する直前の真っ暗で静まり返った時間がたまらなく好きだ。
現実と劇中という非現実が一体になった瞬間、あるいはそのどちらにも属さない瞬間。
劇の始まる期待感と、引き込まれる舞台の暗闇。
暗闇に対する警戒感か、あるいはこれから始まることへの期待感か、鼓動を速める心臓。
私は演劇部員であった経験から、役者としての自分も、観客の視点も、どちらも体験している。
役者として、あの真っ暗な時間は緊張とやる気に満ちている。
今までの練習風景が走馬灯のように流れる。
上手くいくだろうか、いや成功させるしかあるまい!
観客の反応は?盛り上がってもらえるだろうか?
と、思いを巡らす。
舞台演劇は、やり直しがきかない。
一回きりのチャンスをどう生かすか、それにかかっていると私は思う。
だから余計に緊張するのだ。
観客として、あの真っ暗な時間は期待と不安に満ちている。
パンフレットの内容が細かに思い出される。
楽しめるだろうか、きっと面白いにちがいない。
舞台に引き込まれるだろうか?役者の演技は?
と、思いを巡らす。
同じものを二度観ることはできない。
たとえ同じキャスト、監督、台本、道具…だったとしても、全く同じものが観られるわけではない。
だから余計に神経を張って、少しも見逃すことのないように集中力を高めるのだ。
真っ暗な中、沈黙を破るように、あるいは観客の声を掻き切るように、ブザーの音が鳴った瞬間、私はいよいよ本番だと舞台に心を引き込まれるのである。
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