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「よろしくね、はい握手、握手」
そういって勝手に僕の手をとりぎゅっと握ると、懐いた犬の尻尾のように腕をぶんぶんと振ってきた。
「あっ、ああ、よろしく」
馴れ馴れしさに少々引いたけれど、社交辞令だと思って僕も右手に多少、力を込めた。礼節に関しては、父の体面や営業の意味もあり、しっかりと教え込まれているからこれくらいのことは抵抗がない、というかやり過ごせる。
するとそこに両手をポケットに手を突っ込んだ、猫背の男がゆらりと近づいてきた。年齢は30半ばぐらいに見え、髪はボサボサで無精髭の貧相な身なりなのに飄々としていて、第一印象は癖が強そうだと感じた。皆も共通した認識だろう。さまざまな意味で嫌な予感しかしない。
「あっ、監督、おはようございます」
向かいに立つ先輩たちは一斉に頭を下げる。その様子を見て、僕ら1年生も慌ててぺこりと会釈をする。
「おお、待たせたな、若造ども。東雲だ」
そういって片方の手をポケットから出し軽く上げた。じろじろと品定めするように、1年生の並ぶ列に対して順に視線を這わせる。
「どれどれ……。ふんふん、こいつらが新人か。まあ一通り、いいツラ構えしてるぜ。さすが特待生だな」
順番に顔を覗き込んでゆく東雲監督。僕の目の前に来た時、吐く息からほのかにタバコの匂いがした。勤務中だというのに喫煙するなんて教師の風上にも置けないな。もちろん喫煙者を風上に置いたら流れてくる臭いが鼻について嫌だ。辟易しながらも通り過ぎたところで右隣の氷室さんに話しかける。
「不真面目そうじゃない、あの監督。大丈夫なのかなぁ?」
「だらしなさそうだけど、文句言わないの。あれでも昔、ツアープロだったんだから」
「へー、よく知ってるね」
氷室さんは入学してすぐに部活に参加したから事情を知っているんだと察したけれど、何の疑問も持たずに相槌を打つ僕に対して、白い歯を見せてにやりとする。僕はまだ、その笑みの意味がわからなかった。
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