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 そこで後ろの席の高野 美幸さんが立ち上がり、屈託のない笑顔で話しかけてきた。バレー部の女子で背が高く、男子の平均身長をゆうに超えている。 「黒木くんは確かこれだよね。黒木 有紀(ゆうき)選手、ティーアップしましたぁ~! さあ、緊張の第一打です!」  両手を合わせてぶんと振り、長い腕が僕の目の前で空を切った。勢い余ってのけぞり、不格好なスイングだったけれど、言いたいことはよくわかった。  ――そう、僕の専攻するスポーツはゴルフである。  一見、親父臭い遊びと思われるかもしれないけれど、競技ゴルフをレジャーの同類項にされては心外だ。競技ゴルフは魂を削るような修練と過酷な忍耐を要する、ドMなスポーツである。事実、テレビで中継されているプロゴルフの試合で、日曜日の午後、優勝を手にした瞬間の選手は歓喜の声をあげるよりも涙することの方が圧倒的に多い。  男女のいずれも、勝者となった者がカメラの前で涙腺崩壊するのは、勝利まで辿り着くことがいかに苦しく、そして努力を重ねた日々がいかに長かったのかを物語っている。ゴルフとは苦しみの中でもがき続ける競技だといっても過言はないだろう。 「この高校、ゴルフ強くて有名らしいじゃん。どう、レギュラー獲れそうだった? 黒木くんも特待生なんでしょ?」  ただし特待生はいずれも一年間限定である。スポーツコースは一年間ごとの活躍が勘案され、次年度の特待ランクが格付けされるのだ。だから部活動の中で実績を積み上げることができるかどうかは、親にとっては学費の面で、本人にとってはプライドの観点からきわめて重要だ。 「あー、まだ顔出してないんだ。でも部活に挨拶に行くのは確か始業式から一週間以内だったよね。今日顔を出せばいいはずだと思うんだけど」 「なーんか、のんびりしてるのね。スポーツ選手っぽくないっていわれない? 黒木くん」
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