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 けれども竹内はそのパワーが災いしたのか、あるいは過酷なトレーニングが原因だったのか、とにかくひどい膝の痛め方をしたらしい。手術まで受けることになり成功はしたものの、以来、全力疾走ができなくなり、野球選手としての生命を絶たれることになったのだという。有名人の彼のことだから噂は疾風のごとく広まり皆が知るところとなった。だから接点の希薄な僕でさえ同じ中学校だったというだけで事情を知っているのだ。  しかもそのアクシデントは推薦入学が決まった直後のことだったから、今年度はスポーツ特待生の扱いを受けられるらしいけれど、すでに居場所を失った彼は来年度、一般コースへ「移籍」されるのだろう。全力疾走できない野手など、もはやお払い箱に違いない。彼は特待Aランクという噂だからなおさら気の毒だ。  だからといって未来あるクラスメートの気分を害して構わないわけではない。僕は毅然として言い返す。勝負の世界は甘くないことを知らしめるためだ。 「おい、竹内。怪我には同情するけどさ、コンディションを整えるのだってスポーツのうちだろう。自己管理に無頓着だったのを黙って反省しなよ」 「なんだとっ!」  竹内は声を荒げ、勢いよく椅子を引き立ち上がり、そして拳を強く握りしめた。剣山のように突っ立った短髪がなおさら竹内を大きく見せる。猛禽類(もうきんるい)さながらの狙い澄ました眼で僕を睨みつけた。 「止まった球打って遊ぶようなおままごとやってる奴に偉そうなこと言われたくねえんだよ!」  ゴルフを知らない奴にありがちな侮蔑を吐き出した。僕はすかさず言い返す。 「お前、つまりゴルフは簡単だって言いたいんだな?」 「あんな玉叩き、ガキだってできるだろうよ!」  ゴルフには審判は存在せず、打数は自身で記録する。そしてマナーと礼節を重んじる球技でもある。それが紳士のスポーツと言われる所以だ。だというのに、こいつはそれを侮辱した。  腹の底から怒りが湧いてきた。ゴルフは己の感情を平静に保つことが肝要だけれど、ここは教室であって芝生の上ではない。
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