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「どうせ野球部では役立たずなんだろ、だったらやってみろよ、ゴルフをさ。それで僕のことを負かせてみろよ」  ゴルフには武道のような側面があり、心技体が揃っていることが重要だ。力が強ければいいってものじゃない。それを重々承知している僕は、決して竹内に負けることはないという確信のもと、敢えて挑発してみせたのだ。  竹内は予想以上に血の気が濃かったようで、露骨に顔をしかめ、「なんだと、偉そうだなお前」と言い返し僕の胸ぐらにつかみかかった。脅しだとしても覆いかぶさるような竹内の迫力に僕は身の危険を感じた。  険悪な雰囲気となり騒然としたところで、すかさず高野さんが間に割り入った。さすがにスポーツ女子だけあって肝が据わっていて、臆することなく巨体の竹内を制する。 「だめだよ竹内くん、高校入ったばっかりなのに喧嘩しちゃ。退学になっちゃうってば!」  するとさすがの竹内も集中したクラスメートの視線が気になったようで、力を緩めて僕から手を離した。しかし目をギラギラと輝かせ、身上の不幸など置き去りにしたかのように口角を上げてみせた。 「ほぉ、黒木……だっけか? 女に守られて満足かよ。それじゃあお前の事を叩き潰してやるから待ってろよ」  竹内はそういい残して、悠々と教室を出ていった。良くも悪くも、彼の笑った顔を見たのは中学校時代を含めてこれが初めてのことだったが、それは失った活力を取り戻した笑みのようにも思えた。  煽った僕にも責任の一端はあるのかもしれないから、その日一日、竹内が教室に戻って来なかったことが無性に心に引っかかっていた。
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