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 珍しく携帯電話が鳴ったのだが、画面に目をやると、そこには「杉田先輩」と通知されていた。気まずさを覚えながらも避けることはできないだろうと考え、着信を受ける。怒られることはある程度、覚悟していた。 「もしもし、杉田だ」 「……分かります」 「話がある。今日、予定はあるか?」  声のトーンが低く、相当、機嫌が悪いようにも聞こえる。怒られる覚悟はあったはずだが、直接会うと逃げ道がないからそら恐ろしい。たじろいてすぐさまありがちな言い訳を口にした。 「……あとは宿題がちょっと」 「スポーツコースなら宿題は無いも同然だ。放っておいて支障ない。むしろもっと重要なことだ」 「重要なこと……?」  真剣な言い回しに僕は気圧され納得した。結局、駅近くのファーストフード店に約束場所を決め、簡単に荷物をまとめて向かうことにした。  店に着いたところで客席を見回す。杉田先輩の幅広な後ろ姿はすぐにわかる。窓を向いたカウンターに座り、目下の街並みを眺めているようだった。  恰幅が良いだけでなく、トレーニングを積んでいるであろう分、引き締まった広背筋がTシャツの上からでも目立つからだ。他のお客さんと比べると、スポーツ選手らしい逆三角形をしていて、これが飛距離の原動力なのだろうと改めて感心させられる。 「杉田先輩、お待たせしました」 「おう、来たな」  声をかけると振り向き、手を上げて僕の姿を確認した。僕は遠慮しながらも笑顔を控えて隣に腰を下ろし、すぐさま頭を深々と下げる。  一度下げた頭を起こすことはままならなかった。どんな表情なのだろうか、怒っているのか、呆れているのか、それとも蔑んでいるのか。いずれにせよ僕は期待外れの新人だ。  すると頭上から杉田先輩の低い声がかかった。 「俺がプロテストに落ちたことは知ってるだろう」  想定したこととは異なる話題だった。杉田先輩がゴルフで苦しむ姿は全くもって想像できなかったが、結果だけは知っていたのでやむなく答える。 「はい、耳にしました」 「……実は俺も呑まれた、あの日のお前と同じだ。緑の中には魔物が潜んでいるな、改めて思い知らされたよ」  はっとして杉田先輩の顔を見た。その表情は僕を非難するわけでもなく、ただ同じ辛酸を舐めたものを憂いているような、妙に切ない表情だった。 「俺も一つだけ足りないものがあったんだと思う。多分、プロとしては」  僕にはその一つが何なのか、言わんとすることの見当がついてしまった。技術面や体力面ではプロと遜色のない杉田先輩が唯一、足りないと言わざるを得なかったもの。僕がそれを認めることは侮蔑に値するのかもしれないが、杉田先輩も人間だったということなのだろう。竹内がいうようなサイボーグではなかったのだ。
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