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「気持ちの強さ、みたいなものでしょうか……」 「ああ、そうだ。究極のレベルになればなるほど、それはより強固でなければいけなかったんだ。だというのにプロテストごときで……」  そういって無念を浮かべた顔を両手で覆う。両手の間に覗く唇から大きなため息がもれた。 「それは氷室や竹内が持っている類のものだ。それがなければプロとして未来はないんだろう。氷室が俺よりも平均スコアが良かった理由は、おそらくその違いだ」  痛いほど、杉田先輩の言いたいことがわかった。僕のレベルでさえ、きっとそうに違いないのだ。いや、ゴルフに限ったことではないのだろう。杉田先輩は顔を覆う手のひらを解き、僕の方に体を向けた。僕も杉田先輩と相対する。 「なぁ、ボビージョーンズの有名な言葉を知ってるか? 『人は敗れた試合から教訓を学びとる。だが勝った試合からは何も得るものはない』  ……ってやつだ」 「はい、知ってます」 「正直、反省は多かった。だが来年こそはそれを生かす」  そんな杉田先輩の瞳は、紛れもなく未来を見据えていた。そして僕もまた、負けた試合からさまざまなことを学びとっていた。たとえば。  自分がいかに人間として未熟で、勝負に対する準備が足りていなかったのかを。  自分がいかに氷室先輩の教えを蔑ろにし、鍛錬することを軽視していたのかを。  そして自分がゴルフに対し、まったくもって真摯に向き合っていなかったのかを。  コースマネジメントを工夫すればよかったとか、フォームを改善すれば上達できるとか、そんな未来に繋がる教訓ではなかった。ただ、自分の軽薄さをまざまざと自覚させられただけだ。自分を知り、諦めるという点では学びに違いない。誰に負けたかといえば、自分自身に負けていたとしか考えられない。  そして杉田先輩は思い出したように続ける。いや、本当はこのことを伝えるために僕を呼び出したのだろう、そう思える内容だった。 「あと、氷室がお前の指導役を辞退することにしたらしい」 「えっ、えっ、そうなんですかっ!?」  今になってうろたえる自分は、本当はわかっていたはずだった。氷室先輩が弱気な自分の心の大きな支えになっていてくれたことを。  辞退するということは、僕のふがいなさに愛想を尽かしたのだろうか。それとも監督から指導者失格の烙印を押されたのだろうか。僕の困惑をよそに杉田先輩は続ける。 「部活も当分来ないだろう、学校にもな」  まさか、と思った。監督に謝る氷室先輩の後ろ姿の映像が僕の意識を支配する。
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