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僕が家に着いた時、父はすでに仕事を終えていたようで、前回放送された女子プロゴルフの録画を観戦しているところだった。上位は接戦だったようで、リーダーズボードにはよく知るプロゴルファーの名前が並んでいた。4人が8アンダーでトップタイだった。
「あの、父さん……」
「あー、何だ?」
父は試合の行方に夢中なようで、僕を一瞥するとすぐさま視線をテレビの方へと戻した。
僕は黙って父の傍に正座をする。気づいた父はいつもと様子が違ったことを察したようで、ビデオ再生を一時停止し、あぐらの姿勢のままながら僕の方を向き相対した。
そこで僕はすぐさま切り出す。ためらいは決心を鈍らせる以外の何物でもない。
「父さん、僕、来年は一般コースに移りたいと思うんだ」
父は黙ったまま、僕の主張をに耳を傾けているようだった。僕は間を置かず続ける。
「スポーツコースってさ、みんな部活動中心の生活だから、あんまり勉強に真剣じゃなくてさ、授業中に寝てる人も多いんだ。
……なんていうのかな、雰囲気が大学進学を積極的に後押ししてる感じじゃないんだ」
返事なく怪訝そうな顔で僕を見る父に対し、僕は切り札ともいえる一言をそこで放つ。これで父が首を縦に振らないはずがない。
「将来、父さんの家業を継ぎたいんだ。だから日新大学の理工学部に進学するつもりなんだ。それできちんと工学系の勉強をするよ。どうせゴルフは趣味や付き合い程度にできれば十分だし……」
どうだ、見たか。僕はドヤ顔で父を凝視するが、父の反応は意外なほど驚きがなかった。眉根を寄せ重々しく口を開く。
「そうか、確かにお前は器用だし、何でもそつなくこなせるだろう。もしも日新高校入学のための一般受験をしていたら、一般コースであれば問題なく入学出来ただろう。
だからこそ、俺は推薦入学を勧めたんだ」
『だからこそ』……僕は父の意図がわからないでいる。父はさらに言葉をつなぐ。
「俺はこの街工場でさまざまな部品を開発した。そのうち小型バッテリーが認められ広く知れ渡ったわけだが、そこまでたどり着くには相当な苦労があった。
様々な海外のメーカーに交渉し、直接見学させてもらったり、一流企業に頼み込み、平身低頭で試作品を使ってもらったり、企業の要求に応じて何度も作り直したり。
採用された後も機器の不具合をバッテリーのせいにされ、不条理に叩かれたり責任を押し付けられたりな。
正直、何度潰されそうになったか知れない。
けれどもその度に、とにかくなんとか立ち上がって経営を維持し、そしてより優れた製品を開発し続けてきたつもりだ」
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