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 話題が逸らされたようにも思えたが、僕は黙って傾聴する。父が今まで見たこともないほどの真剣な面持ちで話すからだ。 「だが、新興国の発展は目覚ましい。恐ろしいほどにな。だから生産コストのかかる日本でこういった部品を開発し販売し続けていくのは難しいかもしれないし、続けられたとしても相当な苦労を強いられるだろう。より上を行く性能のバッテリーを開発しなければいけない。  ……気持ちが強くなければ、やっていけるはずがないんだ」 『気持ちが強くなければ』……つい先日、杉田先輩から聞いたことだ。否応なしに氷室先輩の顔が脳裏に浮かぶ。  あの笑顔の裏には、はかりしれない気持ちの強さがあるのだろうか。だとすれば何が氷室先輩を支えているのだろうか。  僕の脱線をよそに父は続ける。 「だから俺はお前が一つのことに必死になって、血の滲むような苦労を経験しなければ、たとえこの仕事を引き継いだところでたやすく潰れてしまうものと踏んでいる」  そう、断言した。 「そっ、そんなのやってみなくちゃ分からないだろ!」  反抗心が沸き起こり言い返すが、声が震えてしまう。自分には自尊心の欠片すら残っていないのは分かっているというのに。  けれどももうゴルフ部には、そして競技ゴルフという戦いの中に僕の居場所はない。いや、自覚していなかっただけで最初からなかったのだろう。 「大体、高校の部活で挫折するぐらいなら、会社を牽引する人材としては話にすらならん!」  父は僕が選考のレギュラー落ちを食らったことは重々承知だった。そしてその後の夏の期間はただ、ダラダラと過ごしていたことも。 「社員にも生活がかかっている。だから俺はお前に後を継がせるつもりはない」 「べっ、勉強とスポーツは違うだろ、ちょっと大学で勉強して頑張れば僕だって……」 「ふざけるなっ!!」  身震いするほどの激しい罵声を放った。父は怒り心頭で僕の目の前に仁王立ちする。その弾みでビデオのリモコンを踏んだようで、テレビからゴルフの解説が流れてくるが構わず父は怒号する。 「お前は舐めとるのか、俺も、企業も、そしてこの仕事も!」
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