5/57
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
2  父があそこまで激しく怒った姿は見たことがなかった。本当は跡を継ぐと知って喜んでくれると思っていたのに。そのことにも動揺したが、父の怒髪天は未経験なだけにどう対処したらいいかわからず困惑する。あとで母が帰ってくる頃に、こっそりと電話をして様子を伺うしかないか。  けれどもほとぼりが冷めるまで、どこで過ごせば良いのだろう。ひょっとしたら今夜中に怒りが冷めることはないのかもしれない。だとすれば一晩、明かせる場所を確保しておかないと浮浪者の仲間入りか補導される運命だ。とは言ってもビジネスホテルに宿泊するような持ち合わせはないし、大体、怒った父のせいで懐を削るのも癪でならない。  ふと、僕はゴルフクラブが置いてある部室のことを思い出した。  ひょっとしたらもう二度と部活に顔を出さないのかもしれないのだから、夜中、誰もいない時分にゴルフセットを引き上げてしまった方が、部員たちに出くわすことがなくて都合が良いかもしれない。万一の時はそこで一晩、明かすことも可能だ。まだ夜は冷え込む季節ではない。  僕はファーストフード店でお腹を満たしつつ確実に部活が終了する頃まで時間を潰し、それから部室へと向かった。  校庭の隅にはアパートにも似た造りの二階建ての建物がある。コンクリートむき出しのグレーカラーで素っ気ない造りだが、一階、二階を合わせて二十部屋あり、それぞれ部活動ごとの部室として割り当てられている。  頭上はすっかり群青色に染まっていて、普段なら風呂に入って寝る準備を整えている頃だった。誰もいないこの時間に学校を訪れるのははじめてのことでいつもと違う閑散とした雰囲気に戸惑う。  人の姿のなくなった校庭の主役は、通り抜ける風の唸り声と、こすれ合う木々の喧騒と、それからたった一つの――  ――ほんのりとした部室の窓の灯り、だった。  窓には天井に向かって伸びる手の影が並んでいた。置かれたキャリーバッグに立てられたゴルフクラブのヘッドの部分に、練習で使ったグローブがはめられ干されているからだ。その数多の手の影は、まるで僕を呼び寄せているかのようにも思えた。  灯りは点いているけれども、人の気配は感じられない。誰かが電気をつけっ放しにしたのだろうか。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!