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忍び足で部室に近づき、鋼鉄製の扉に耳を当て中の様子を伺う。けれどもやはり誰もいないように思えた。
僕は早々に用事を済まそうと思い、すかさず部室の扉の鍵を差し込み回す。がちゃんと鈍い音がして鍵が開いたから、僕は何の遠慮もなく扉を開けた。
するとそこには僕の知る顔があったのだ。ジャージ姿で上半身だけむっくりと起こし、相手も驚いて僕を見ている。見慣れた丸顔だった。
「氷室先輩……」
声が震え、足がひとりでに後ずさりする。なんでこんな夜に一人で部室にいるんだ? なんでここで寝っ転がっているんだ? しばらく部活には顔を出さないんじゃなかったのか?
安っぽい薄生地の絨毯の上には14本のゴルフクラブが並べられていた。そして氷室先輩はそのゴルフクラブと並んで横になっていたようだ。
何をしているのか尋ねたくなったけれど、今の僕に氷室先輩に話しかける勇気なんてあるはずもない。よしんば話しかけたとしても、何を話題にすればいいのか、頭の中で迷走するばかりだ。
まずは謝るべきか? それなら何を? ちゃんと言われた練習をしてこなかったことを? ゴルフに真剣に向き合っていなかったことを? ゴルフのやめようと思っていることを? いずれにしても氷室先輩を落胆させるか、あるいは悲しませてしまうことばかりだ。
だったら氷室先輩のことを褒めるべきか? エールを送るべきか? でもこんな僕が褒めたところで他人事のような褒め方にしかならないだろう。
結局のところ、何を言おうとも氷室先輩が縁遠い人になってしまうことは確実だ。だったらもう、何も触れずに去った方がいいのかもしれない。
そんな結論に達したところで僕は黙って扉を閉めようとした。
その瞬間。
「待って、黒木くん!」
氷室先輩が僕に声をかけた。切羽詰まったような、あるいは哀願するような声で、僕は思わず扉を閉じる手を止めた。
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