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「だから、まずあたしが君にあげたボールをここに置いてくれるかな?」  氷室先輩は絨毯の上に並べられたクラブを除けると、相対する2人のちょうど中間地点を指差した。 「ボール……ですか?」 「ほら、忘れたの? ほんっとに忘れっぽいんだから!」  その一言は妙に非難的だったけれど、何か別の意味が含まれていそうで心に引っかかった。そして氷室先輩の意味するボールとは、バンカーショットの勝負で僕が勝った、もとい嵌められたがために手にした、氷室先輩の似顔絵が書かれたあれだと思い出した。  僕は立ち上がり、自分のキャリーバッグの奥に忍ばせてあるそのボールを取り出し、氷室先輩の目の前に無造作に置いた。  すると氷室先輩も立ち上がって自分のキャリーバッグのポケットを漁り、そして何かを取り出した。その横顔はどこか照れくさそうで頬が赤らめていた。  氷室先輩は僕の目の前に置かれたボールの向きを少しだけ調整し、丸い笑顔が僕のほうを向くようにした。吹き出しは僕に「がんばれよ」と語りかけている。  その屈託のない笑顔の絵に、僕は申し訳なさを覚える。  するともう一個、その隣にボールが置かれた。氷室先輩がバッグから取り出した、薄汚れて古びたボールだった。  氷室先輩はじっと僕の顔を見て、その古びたボールに指を当てた。 「いい?」 「……?」  覚悟を決めるかのように口元を引き締めた。その表情に僕は訳が分からず、けれども言われるがまま首を縦に振った。  そして氷室先輩のさして長くない指が、汚れたボールをくるりと反転させた。半回転したボールの表面には、黒マジックで絵と字のようなものが描かれていた。 「なんだろ、これ……」
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