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3  指折り数えて四年以上前になることだ。訪れた春はまだ気まぐれで、だから冬の名残の風がゴルフ練習場の床を底冷えさせていた。  そんな床の隅っこで体育座りをしてうずくまる女の子の姿があった。 「うぐっ、えぐっ……」と声を殺して泣いているのに僕は気づいた。  ジュニアのためのゴルフスクールの時間はとうに終わりを迎えていて、入れ替わりで大人たちが打席に入ってくる。陽はだいぶ傾いていて、スクールの生徒たちは皆、帰路についたから、残って練習していた僕と小さくなっていた彼女だけがこの練習場に居合わせた子供、ということになる。  どこかに親がいて、口喧嘩でもした兄妹だと思われたのだろうか、誰も彼女に声をかけることはない。  早々に帰りたいところだったけれど、どうもその女の子は一人でレッスンを受けに来ているようで、泣いているのを看過するわけにもいかなかった。  この子はレッスン中、僕の後ろの打席にいた子で、もやしのように虚弱な体幹と折れそうな細い腕をしていて、唯一持っていた7番アイアンを満足に振ることもできなかった。  僕の背後で、ぺちーん、と力ない音でボールが打ち出される。そのボールが目の前をゴロゴロと転がっていく光景を何度見たことだろう。本人が望んでゴルフをしているようには見えなかった。 「……なぁ、大丈夫か?」  仕方なしに声をかける。腕の隙間からちらりと覗いた泣き顔は童顔で、小学五年生の僕よりも年下に見えた。  すぐさまフロントにお願いして、加温した濡れタオルを貰ってきた。女の子に黙って渡す。女の子はうつむいたままそれを受け取り、「ありがとう」と小声でこぼして顔を覆った。僕も隣に腰を下ろし、黙って泣き止むのを待つ。  顔が温まったせいで気持ちが落ち着いてきたのか、間もなく肩の震えがおさまってきた。タイミングを見て僕は慰めるようにいう。 「嫌なら無理にやらなくてもいいんじゃないか、ゴルフなんて」  すると黙って首を横に振る。嫌じゃないのか、それとも嫌だけど辞めることができないのか、それはよくわからなかった。 「名前は何ていうの?」 「……ゆいぽん」  その返事に僕はつい、ぷっと吹き出した。
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