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「自分で『ゆいぽん』なんていう、普通?」  するとゆいぽんはムッと口をへの字に曲げて、両手を上げて怒り出した。当時はまだ、レッサーパンダっぽくなかった。 「もうっ、子供扱いしないでよ!」  僕は彼女が自分より年上だなんて知らなかったから、というよりは、まったくもってそう見えなかったから、正直、大層な子供扱いをしていたし、生意気な反応だと思っていた。  それでも少しは元気を取り戻せたのかなと思い、笑いながら「送っていくよ」と言うと、ゆいぽんは腕を組んでぷいっと横を向いて呟いた。 「べっ、別に送ってほしくないけど、君が寂しいんだったら送ってもらってあげる」  と、やけに回りくどい言い方をした。いわゆるツンデレという態度だが、僕にとっては人生で初見の反応だったから、斬新な承諾の仕方もあるものだなと感じたのを思い出した。と同時に自分の方がきっと大人だから、ここは大目に見ないといけないのだろうと思い寛容になった。とんだ勘違いをしていたことにいまさら気づいた。  立ち上がり自分とゆいぽんのゴルフクラブを持ち運び用のケースにしまって帰り支度を済ませる。 「家はどのへん?」 「うん、桜川を上って行ったところ。川沿いにあるの」  桜川とは市街地を抜けて霞ヶ浦に流れ込む河川の一つである。上流に向かい市街地から少し離れると辺りは田園風景が広がる。ゆいぽんを自転車の後ろに乗せ、風吹く川沿いを漕いでゆく。  ゆいぽんはコアラのように僕の背中にしがみつき、だから風の冷たさも幾分和らいだ。けれども普段よりクラブ1本分重いケースを肩にかけ、しかも後ろに女の子をひとり乗せているから、自転車のバランスが取りづらく体力と神経を使う。それでも見栄を張って緩い上り坂を踏ん張り漕いでゆく。おおっぴらには言えないけれど、僕のふくらはぎは相当、悲鳴をあげていた。  そんなやせ我慢の限界が近づいてきた頃、川沿いにゴルフ練習場があることに気がついた。簡素な造りでマットを敷いただけの打席とヤーデージ(ヤード距離表示)の看板があるだけだった。屋外の練習場は夕方には終了するので、すでに人の姿はない。ちょうど太陽がその姿を地平線の下に隠したばかりでまだ薄明るかったから、そこで僕は少々あくどい事を思いついた。
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