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「それとね、『失敗を恐れない』という姿勢では弱いんだ。『必ず成功させるのだ』という強い意志を持てば絶対できるって」  僕は当時覚えたばかりのジャック・ニクラウスの名言を用いて説得していた。思い出すとなんともませた小学生だ。しかしその甲斐なく、ゆいぽんが打った一球目のボールは、ぽしゃん、と敢えなく水面に落下した。 「ああっ、やっちゃったぁ~」 「どうせなくなる運命の古いボールだ。よし、もう一個いってみよう!」 「……バレたら怒られるよね」 「大丈夫、どうせバレないから怒られないよ。証拠は残らないもーん!」  にかっと笑った僕だったが、周囲には警戒しているつもりだ。見渡すけれども大丈夫だ、人の気配はない。構わずレッスンを続ける。 「無理に力を入れるんじゃなくて、ふわりと大きくクラブを振るんだ。きっと飛ばせるよ」 「うん、やってみる……」  ――ぽちゃん。  ――ぱしゃん。  その後の二発も失敗した。けれどもスイングが最初よりもスムーズに、そして大きくなっている気がする。上手く当たればそこそこ飛ぶかもしれないという期待が湧いてきた。 「じゃあ、空を見てごらん。ボールじゃなくて、自分が鳥になった気持ちで、羽ばたくように打ってみよう」 「うっ、うん!」  ゆいぽんは目を閉じ、大きく深呼吸をしてアドレスを取り直した。するとその時はどことなく雰囲気が違って見えた。静かで、厳かで、遠くを見ているようだった。  ゆいぽんは、ためらいなくクラブを一振りした。その瞬間。  ぱしーん、と予想しなかったほどの心地よい音が耳に響いた。ボールがぐんぐんと空に向かって吸い込まれてゆく。クラブを振り抜いたゆいぽん自身がボールの行く先を目で追いながら驚いた顔をしていた。  視界で追うことが出来なかったのは、トワイライトが白球を吸い込んでいったからだ。水音が聞こえなかったので、どうやら向こう岸に届いたようだった。
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