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「あたし……打てた……ちゃんと、打てたよぉ」
ゆいぽんは握ったクラブをぽろっと落とし、潤んだ瞳をして僕のシャツを両手で掴んだ。
「あたしの打ったボール、遠くに飛んだよぉ」
「うん、遠くに飛んだね」
ゆいぽんは震える声で必死に感動を僕に伝えようとしている。
「あたし、飛べたよぉ」
「うん、飛べたよ。ゆいぽん、飛んでいたよ」
――そうだ、君は空を飛べたよ。
手も足も震えていた。たった一球のナイスショットでも、こんなかけがえのない瞬間のためにゆいぽんは練習していたのだと思うと、その喜びようが妙にいとおしく感じられた。
そこで僕はもうひとつ、いいことを思いついたのだ。クラブケースのポケットに携えていた名前書き用の油性マジックを取り出し、残った最後のボールに自分の似顔絵を書き込んだのだ。吹き出しをつけ、その中に一言を書き記す。
「がんばれよ」
そしてゆいぽんの小さな手を取り、その薄汚れたボールを手の上に置いてぎゅっと握らせた。
ゆいぽんは僕の顔を見上げて、また、泣きそうな顔をした。でもこのまま涙が溢れたとしても、さっきまでとは違う類の涙なのだろうと思えた。
それからゆいぽんは「ありがとう、またねー!」と言って自分のクラブと僕の顔の描かれたボールを高々と掲げ、何度も振り返りながら自宅へと舞い戻っていった。
僕が練習場で出会った、ゴルフが下手でひょろひょろな女の子を慰めてあげたという過去の話の全容は、そのような他愛のない子供のいたずらに過ぎなかった。
そしてその直後、僕は父の経営する街工場移転のため、現在の自宅に引っ越した。僕はその出来事を別段気に留めなかったから、二度とその子に会うことはなかったし、思い出すこともなかったのだ。
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