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14
純一君の母親から連絡があったのは、その日の夜だった。電話の向こうの様子を察するに深く心が痛んでいるのが分かった。鼻水を啜りあげながら沈んだ声で電話があったからだ。
「通夜は水曜日に決まりました。火曜日は友引だったもので」
母親はそれ以上何も言わなかった。自殺マンションに関する小説は読んだのだろうか。いや、そんな時間は無かっただろう。
「どこで行う事に決まりましたか?」
智哉は静かに聞いた。
「わたしの実家が千葉県の船橋市にあるので、そこで行う事に決まりました。斎場を通夜と葬式2日間借りました。死因が死因なので身うちだけでひっそりと行おうと思っています」
「俺も行かせてください。あの、そんなには親しい仲ではなかったのですが、心を痛めております」
智哉はみえない相手に頭をさげるような気持ちで言った。
「そうですか。あ、メールアドレスを教えていただければ場所を詳しく説明して送ります」
「痛み入ります」
挨拶をしてスマートフォンをリビングのテーブルの上に置いた。華絵はその動作を目で追ってハンカチを目に付けた。事情を察して泣いているのだろう。抱きしめてやりたいが俺に何が出来るっていうんだ。智哉は下唇を噛み締めた。華絵は智哉の方をキッと睨むと、大粒の涙を零した。智哉はもはや言い逃れが出来なくなったのを察知した。
「華絵、怒った顔をするな。俺だって辛いんだよ」
「智哉さん、あなたたちが蒔いた種なんじゃないの?いえ、死んだ人のこと悪く言っちゃダメね。智哉さんが悪いんじゃない」
「どうして俺が、ああ、でも華絵の言いたい事は解るよ」
「説明してもらいましょうか。小説を読むだけじゃなくて、智哉さんの口から包み隠さず」
「なあ、俺はなんにも解らないんだよ。小夜子ちゃんがなにものかさえ」
「小夜子ちゃんって?」
「自殺マンションにいる幽霊だよ、あ、怨霊と言ったほうが適切か」
「なんで、名前知ってるの?」
「ああ、小説に出て来たからだ」
智哉はジリジリと詰め寄られていた。
「うそ、うそ、わたし、あれから小説読むようにしてるの。女の子の名前なんか出てこないじゃない」
「参ったな」
智哉は降参した。すべて話さなくちゃいけないのか。華絵のショックを知ったら憚りしれない。やったことは内緒にしておこう。
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