第八章 答え合わせ

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第八章 答え合わせ

 胸を締めつけられるような懐かしさがまるで毛布のように私を包み込み眠気を誘う。逆流した時間の中で大樹は再び命のスイッチを入れ直す。 松岡から結婚式の三週間前に受付役を頼まれた。もう一人は新婦になる太田小百合の友達に頼むということだったが、まだ誰になるかは決まっていないという。 「そう、わかった」  と答えたものの気になった。別に受付役の相手がどんな人でも良いようなものだが、不思議に気になった。  仕事中もふとした瞬間にそのことが頭を過り、自分でも驚いた。しまいには気になることが気になるというおかしな事態にまでなっていた。あまりに気になるので、一週間後に松岡にもう一度訊いてみることにした。  いつも通り、松岡と加藤と大樹の同期の3人で昼食を食べた後、喫茶店でコーヒーを飲みながら仕事の愚痴をこぼしている最中に、急に思い出した感を装い松岡の顔を見て話した。 「そういえばさあ」 「ん?」 「お前の結婚式の受付の件だけど」 「ああ、よろしく頼むよ」 「それは大丈夫なんだけどさあ…」  歯切れの悪い大樹に松岡が苛ついたように言った。 「だから何だって言うんだよ」  隣に座る加藤まで苛ついているのがわかる。 「ごめん、ごめん。女性の受付役は決まったかなあと思って…」 「そういうことか。なら、すまん。まだ決まってないらしい」  すると、二人のやりとりを聞いていた加藤が、大樹の気持ちを見透かしたかのような表情を作って言った。 「誰だっていいじゃないか。もしかして、その子が自分の好みの子だったらナンパするつもりで訊いてるんじゃないか?」 「別にそういう意味じゃないよ」 「じゃあ、何なんだよ」 「何となく気になっちゃってさあ」 「ええー」  と、のけ反る素振りを見せる二人。 「お前、このところおかしいよ。この間も、あり得ないミスをして課長に怒鳴られてたしさあ。お前がマリッジブルーになってどうするんだよ。なあ、松岡」  笑いながら振られた松岡が苦笑いをしながら言った。 「ほんとだよ、まったく。当日のお楽しみということにしておいてくれ」  そう言われて何も言えなくなってしまった。それからの二週間、大樹は悶々として過ごした。  そして、いよいよ当日を迎えた。受付をやるということもあって、大樹は披露宴開始の3時間前に会場に入った。すでに到着していた松岡やその両親に挨拶をした後、ロビーでコーヒーを飲んでいた。もちろん、大学時代からの友人である松岡の結婚を祝福したいし、営業部のマドンナでもあった太田小百合の花嫁姿を見るのも楽しみだった。しかし、大樹は今日自分には運命的な出会いが待っているような予感がしていて落ち着かなかった。  時間を見計らって披露宴会場に行くと、すでに受付の用意がなされていた。やがて、式を終えた松岡の叔父さんが大樹の元へやってきた。 「どうも、ご苦労様です。じゃあ、今日はよろしくお願いします」 「はい、わかりました」 「それで、もう一人は小百合さんの友達がやってくれるそうで、間もなく来ると思います」 「そうですか…」 「あっ、ちょうど来ましたね」  一人の女性が大樹の元へ近づき、満面の笑みを浮かべながら自己紹介した。 「どうも、初めまして。広田ミエと申します」 「広田、ミエさん、ですか…」 あの時、自分が握った手は…
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