早過ぎた発明

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 ホテルの正面玄関を避け、タクシーを駐車場で止めてもらう。夏の炎天下は、アスファルトの照り返しが暑い。料金を支払い、タクシーから降りた。  玄関近くでは、遠目に人の影が多い。帽子を深く被り、俯く。挨拶を交わす人々の波は、早足ですり抜けた。  某短大で講師をしている私は、久しぶりに論文発表を認められた。母校のD医科大の学長が後押ししてくれたからだ。学長は初老の紳士で医師としても、研究者としても尊敬している。歯科系の学会に臨む。  ホテルの宴会場は、学会が貸しきりだ。大勢の医歯理工系(いしやくりこうけい)関係者を前にして、威圧感で決意が揺らぎそうだ。  私の登場で、会場内がざわつく空気が肌で感じられた。私の論文発表声まで、聴衆席に座るが、針の(むしろ)のようだ。  演壇に立ち、声が掠れそうになりながら、プレゼンテーションソフトウェアを使う。全ての研究成果を発表し切った。発表の最中でも、悪態や野次が飛ぶ。  常識知らずな人間扱いする、聴衆の視線が心を痛めつける。私はハンカチで額を拭う。 「私の開発中の新薬(しんやく)の論文に、ご質問があればどうぞ」  一気に多数の腕が上がるが、思いもよらない人物までいた。 「先生の論文には、いくつか疑問があります」  いきなり、私の母校、D医科大の学長から質問をされた。ほかの先生方は気圧され、手を下げた。医歯薬理工系(いしやくりこうけい)の大物学者だ。  私はデーターをもう一度、スクリーンに映す。丹念に説明し直すが、眉をひそめ首を傾げている。 「他にご質問がなければ……」 「先生、ちょっと外で話しましょう」
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