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TROUBLE MAKER
黒澤は小さい頃から、矢絣組(やがすりぐみ)に出入りする男たちを見て育った。刃物をチラつかせて怒声を撒き散らすのは三流だ。
言葉は無用で、暴力は流れる川のように透き通っていなくてはならない。
だから様々な女達が殺し屋として迫ってくるのは、ある種のエンターテイメントのように黒澤は感じていた。
それに自分の人生を矢絣組に捧げるつもりはなかった。外から来た婿である父が組長になったらまた抗争があるだろうし、その子供の自分は命を狙われる。
それなら、いっそのこと別の仕事に就いた方がよっぽどこれからの人生潰しがきくだろうというのが、黒澤の見解だった。
そこに現れたのが赤瀬だった。小学校の時出会った衝撃を今でも覚えている。
「ひかるくんのお父さんとお母さんはお仕事なにしてるの」
「お掃除だよ、ぼくも時々手伝うの」
「お掃除?子どもなのに手伝えるの?」
「あっ、掃除っていうか……あんまり他の人に言わないようにってお母さんに言われたから……」
「そっか〜でも今度遊ぼうよ!ひかるくん映画好きでしょ?おれも好きなの、家で暇だからよく映画みてるの」
「そういちくんも映画好きなの?そっかあ……怖いのとかも?」
「うん!だいすき!ねえ遊ぼう!」
「何一人で笑ってんの黒澤?」
「ン?いや思い出し笑い。」
赤瀬に近づく女を寝取り続けた今となってはすっかり拗れて、互いに下の名前で呼ぶこともないが。赤瀬は男にも女にも興味はないが、そういうことは良くないと言われても続けた結果だ。
それに何の縁か、赤瀬の両親の仕事の得意先になった矢絣組は家族ぐるみで仲良くさせてもらっている。
今頃親父達と静岡で仕事終わって温泉でも入ってるんだろう。呑気な人質だ。
息子はこんなに割りを食っているのに。
「これは……めちゃくちゃ燃えてるな。先に『コープスリバイバー』が来たな」
緑がSUVの窓を閉める。バーの「アルファドッグ」には消防車やパトカーが集まりつつあった。
「そうしたら、これは、やっぱり罠だろ」
黒澤が笑って煙草を吸いはじめる。
「まあ『コープスリバイバー』のおかげで朱鷺ちゃんは逃げられたよ。それで、罠と友情ハーフハーフってそういうことか……」
「なんで?」
ああ、赤瀬。お前は何も分かっちゃいない。
「すみません、ちょっといいですか?」
婦警が黒澤側のSUVの窓をコンコンと叩く。窓を開けてやると、婦警はまじまじと黒澤を見た。
「すみません、この車って盗難届出されてますよね。署に同行して頂いてよろしいですか?」
その瞬間黒澤が婦警のネクタイを思い切り引っ張り、緑が後部座席の窓を閉める。ゆっくりと上がってゆく窓に首だけ挟まれた婦警が苦しそうにもがく。
「お前バカか?蜂の巣に手突っ込んだら刺されるよな。同じだ。お前サツじゃねえだろ。後部座席に聞きにくるサツなんかいねえよ」
黒澤がまくし立てて、吸っていたタバコを婦警の喉に押し付ける。悲鳴が車内に響いた。
「お前も『カクテル』か?言えよ。緑、発車してくれ」
「ちゃんと吐かせろよクソ野郎。そいつは見ない顔だな」
そう言うと黒いSUVはゆっくり走り出した。婦警は足がもつれるように走り出す。
「お前は『カクテル』か?」
スピードが上がるとそれだけ婦警の足も走る。
「そうっ!!そうよ!!お前らぶっ殺してやる!!「サイドカー」のくせに裏切りやがって!」
「根性ねえなあ、てことはもう一人いるのか。お名前は?」
「私はブラッド!」
その瞬間、赤瀬と黒澤側のガラスが粉々になり、ヒビが縦横無尽に走った。赤瀬は泣きそうになっている。黒澤何とかして〜とか思ってんだろお前。
「そんな欽ちゃん走りでよく撃てるなお前」
「馬鹿め!視界が目的だ!」
「うるせえ黒髪マッシュルーム!」
緑が更にスピードを上げると正面からもフロントガラスに撃ち込まれる。
「ちょっと!もう一匹同じやつがいる!」
「私はサンド!!!!」
ボンネットに乗ってきた婦警は何発か乱射するが、フロントガラスは視界が悪くなるだけだ。緑が急停止すると、後ろにひっくり返る。そのままSUVは急発進するが、今度はバックガラスが粉々にヒビが入って見えなくなった。
「二人で一つの『カクテル』なんだ……」
赤瀬がぼそりと呟いた。
「そうだ!!私たちは二人で一つ!!『ブラッド&サンド』なの!!」
「声でけえよ、何しにきたマジで」
黒澤が珍しく女を嫌がっているのが面白くて、赤瀬は笑ってしまう。
「私たちは足止めをするだけだ!!今にお前たちは殺されてしまうだろう!!」
「声が二倍ですごいうるさい」
黒澤の顔がげんなりしている。
「私たちは本物の警察だからな!!警察にも『カクテル』がいるのだ!」
高らかに笑う黒髪マッシュボブの婦警二人は銃を手でクルクル回した。
「残念だけど朱鷺ちゃんは拐われたよ。わたしらも行方が分からなくて探してるとこだし」
「あ?マジか?襲った意味ないじゃんか。」
「まあ無いな、強いて言うならお前らこそ居場所知らないのか?」
「現場から黄色のRX-8がなくなったことしか……」
「もういいよ」
黒澤が左手のポケットに被せてブラッドを撃ったのと同時に、スーツの内側からトランクに登ってきた銃口をサンドに向けて撃った。
「両利きだったの?」
「今聞くことなのかそれは」
「小学校の時は左利きだった!」
「銃と食器だけ両利きにしたんだよ」
「はやく乗り換えて」
『ブラッド&サンド』の拳銃を奪い、素早くサンドの乗ってきたパトカーを奪い、まだ息のある二人の体をSUVのトランクに乗せた。
「夏場だから死んだらすぐ腐りそうだね」
「おれは声がでかい女が嫌いなんだ」
黒澤が苦々しげに言った。
「緑、お前そこらへんの警察より警察に見えるな」
「そう?これなら変に狙われないし」
「犯罪者か……」
「今更落ち込むなよ、終わったら焼肉行こうぜ。赤瀬、これまた燃やさなくていいのか?」
「黒澤がやってみなよ、今度は」
給油口に、ガソリンで濡らした布巾を入れて火を付けて、車の後ろに下がる。
後ろからパトカーのサイレンが聞こえた。
「あっ」
「追ってきたじゃん!はやくしなきゃ」
「黒澤避けて」
車が爆発し、その勢いで後ろに急発進した。
「うぉっ!!!!」
黒澤が避けた瞬間、そのままSUVは後ろから追ってきたパトカーにバックで突っ込んだ。
「死ぬかと思ったぞ」
「黒澤ちょっと前髪焦げてる」
赤瀬が大笑いしている。
「はやくずらからないと!」
緑が『ブラッド&サンド』のパトカーに乗り込んで、赤瀬と黒澤も慌てて乗り込んだ。
「朱鷺ちゃんを追いかけるよ!」
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