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VIRTUAL INSANITY
「好きなものを頼んで」
泥だらけでデミーズのメロンソーダを啜る朱鷺子がメニューを指でつまんだ。
「すいません、このデビルズブラウニーサンデーください!」
緑はご機嫌だ。眼鏡を拭きながら鼻歌を歌っている。黒澤と別れたのがよっぽど嬉しかったんだろう。
「じゃあぼくはたらマヨポテトで…」
「俺はクラブハウスサンドください」
「わたしはハンバーグカレードリアをお願いします、それとドリンクバーも全員分」
店員が横目でちらりと汚れた四人の服装を見遣って厨房に戻っていった。
「よくこの服装で入れたね」
ぼそりと赤瀬が呟くと、朱鷺子が早速煙草をふかし始め、それに合わせて緑も黒澤も吸い始める。赤瀬はそれを見て呆れながら、ドリンクバーでカルピスとコーラと自分の烏龍茶をおしぼりと共に持ってきた。
「赤瀬くんには迷惑かけてしまってごめんなさいね。どうしてもお金を手に入れて、逃げたいの。お掃除、得意なんですって?」
「朱鷺子さん、いくらなんでも人殺しの尻拭いなんて勘弁してください」
「黒澤くん、まさか机の下で露出してないよね?」
緑が睨むと黒澤はにっこり微笑んでチャックを上げる音がした。頼んだ料理がどかどか出てきて、黒澤は自分のクラブハウスサンドにポテトがあるにもかかわらず赤瀬のたらマヨにディップして食べている。緑は写真を撮ってAnstagramに上げている。
「こんなに父親にレイプされてる私のこと誰も助けてくれないのよ。何でも、もみ消される!発狂しそうなの。誰も信じてくれないのよ。」
「人生って理不尽なことばかりだな」
「間違いないわ」
「警察とか児相に相談したらいいんじゃないですか?」
赤瀬がそう言うと緑と朱鷺子はため息を大きくついた。
「この写真を見なさいよ」
「これって……朱鷺子さん?」
「あいつのせいで自殺した私のママよ。そっくりでしょ。うちは桐壺グループだけど、源氏物語で言うなら、私は藤壺よ。ママを傷つけて殺して私をレイプしてるのに、こいつは絶対に捕まらないのよ。でも、私のことは絶対に手放さないのよ。多分10億までなら出すわ。山分けよ。どう?あなたたちは狂言誘拐するところだけでいい。誰も殺す必要なんてない。あいつは私が拷問して北京ダックみたいにして殺すわ。ねえ、助けてよ。」
「ぼくは引きこもりだし、黒澤もただの大学生だよ、力になれると思えないし余りにもリスクが高すぎるよ。」
「おれは乗るよ。お金欲しいもん。赤瀬も手伝えよ。お前も暇だろ、毎日毎日引きこもって映画ばっか観て。」
「でも、もし殺されたりしたら、」
その瞬間、朱鷺子がおもむろに卓上のカトラリーセットの中からナイフを取り出し、思い切り左手の小指に突き立てた。
店内が一瞬静かになり、またざわざわと喧騒に包まれていった。緑が無表情で、ラテックスの手袋をして朱鷺子の応急手当てをしていく。てきぱきと切り落とされた小指をケースに入れて封をする。赤瀬は思わず動揺して、掃除道具のボックスからクロスをだして、テーブルとナイフの血を跡形もなく拭いた。
「……私たち、みんな映画が好きで仲良くなれそうじゃない?赤瀬くん、『ビッグ・リボウスキ』を観たことは?」
「あ、あります。それに『ファーゴ』も。」
「なら、今からこの小指をどうするか分かるわね。行動開始よ。外に停めてある緑のプリウスで出来るだけ遠くへ行くわよ。」
緑は朱鷺子を連れてさっさと会計を済ませている。
「ああ、こんなことならデリーチキンカレー頼めば良かった………。」
「ポテトしか食ってねえもんな。じゃあ、早速一稼ぎ行こう。夏休みだし。」
「ぼくにどんなメリットが?」
「赤瀬、おまえいい加減認めろよ。お前の治療には暴力が必要なんだ。今日だってあんなに目輝かせて山に来やがって。何がそんなに不満なんだ?」
「あのな、特殊清掃っていうのは人殺しを助けるためにあるんじゃない。亡くなった方を最後に丁重に弔うためにあるんだよ。」
「じゃあ朱鷺子のクソ親父にもそうしてやればいい。なあ俺たち友達だろ?」
「これじゃ誘拐されるのはぼくじゃないか」
「大丈夫、人生は理不尽だ。俺はおまえのこと結構好きだぜ。もし今日お前が来なかったらさ、おれ、あのまま朱鷺子と緑に殺されてたんだ。だから来てくれて嬉しかった。この話がどこまで眉唾か信じられないところはあるが、いざとなったら逃げればいい。」
「クソ澤、お前の良いところは顔だけだ」
赤瀬は悪態をついて俯いた。
「おーい、ボーイズ!乗って!」
いつのまにか服と髪型を変えた朱鷺子が満面の笑顔で二人を呼んだ。
「さあ、楽しい夏休みの始まりね」
赤瀬は居心地悪そうにシートベルトを締めた。
「どこへ行くんです?」
「まずは小指を近くで投函して、そうね、ウーチューバーの青桐のアパートに行って、犯行声明を出すのよ。」
「足はつかないんですか?」
「青桐は、黒澤くんのセのつくお友達なんだから黒澤くんよろしくねー。Gカップのグラビアアイドルとどこでお友達になったの?」
そう言うと朱鷺子はすやすや眠りにつき、緑は舌打ちをしてさらにスピードを上げて高速に乗った。
「クソ澤、おまえの下半身だらしないんじゃないか?」
「童貞に言われたくない」
車内は静まり返り、カーステレオからはジャミロクワイの「virtual insanity」だけが流れていた。
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