BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY

抑うつがひどくなるとまずは文字が追えなくなる。文字を文字として捉えられなくなる。だからもう新聞が読まないまま何日も溜まっている。長い文章なんか、読めない。ましてやテレビも見ていられない。集中力がもたないからだ。横になって転がっているだけだ。 しかし不思議なことに暴力映画だけは観ていられる。画面で血が流れるのを観て、赤瀬は自分の身体にも糞尿や臓物が詰まって、血液が流れているのを感じることができた。 社交不安障害、とか適応障害、とか色々な名前をつけられた。要は人の集まるところが気持ち悪くて仕方がない。『キングスマン』の終盤みたいに全員頭が爆発して欲しいとすら思う。『威風堂々』を流しながら。 赤瀬は抑うつが高まると、レンタルビデオ屋に行き暴力映画を借りて観る。アルプラゾラムを噛んで借りに行った甲斐があった。休学してもうどれくらい経っただろう。暴力が心を癒すなんて学校では教わらなかった。ただ教わる機会がなかっただけなのかもしれないが。教える機会も勿論ない。中学一年生の時に『ムカデ人間』で精通を迎えたことはまだ黒澤にしか言っていない。抑うつが酷い時はホラーか、スプラッタか、バイオレンス映画に限る。 ふたりで映画を観た後は黒澤を誘って焼肉へ行く。ホルモンセットを笑顔で口いっぱいに頬張る黒澤を見ながら食うのが面白いからだ。赤瀬の初恋は『ハンニバル』のレクター博士だった。マッツミケルセンの顔が好きだ。ドラマ版の方。高校までは、自分がバラバラの肉塊になって、マッツミケルセン演じるレクター博士に食べられてしまう妄想をしていたので、気の合う友達は黒澤以外残念ながらできなかった。 画面がバキバキのスマホがキルビルのテーマを流す。布袋さんのギターが一層唸りを上げ出した頃、ようやく赤瀬は通話ボタンを押した。真っ暗な部屋で、ジョン・ウィックだけが画面で光り輝き、暴れまわっている。ああ、やはり。馬鹿息子はあっけなく撃たれた。 「赤瀬、周りに人いるか?はあ?家で映画観てる?ジョン・ウィック?あのさ聞いてくれ。青姦してたらセフレが死んじゃった。悪いけど道具持って裏山来てくれ。」 そこまで早口で言うとあっさり黒澤の電話は切れた。いつもそうだ。「掃除道具」をゴソゴソ用意して、赤瀬は黒澤に従う。不純異性交友の中に性交って単語があるから、ピンクの蛍光マーカーでそこに線を引いてやりたい。だいたい彼女の緑ちゃんはどうした。 赤瀬は男にも女にも性的な関心はなかったが、暴力を振るうシーンにはひどく興奮した。自己肯定感が低いのかもしれない。いつも誰かから疎外されているのを感じる。恋愛もよく分からないが、別にこのままで構わない。 赤瀬の両親は特殊清掃を営んでいる。少子高齢化が進むにつれて孤独死は特殊清掃の需要を近年大きく増やした。特に夏は依頼が多いため、あまり家にいないことが多い。勿論、赤瀬も特殊清掃に就くつもりだ。赤瀬は黒澤の初めての殺人であることを願った。 外で唸りを上げる暴走族のコールがうるさい。よくもこんな真夏に外で青姦できるものだ。虫とか、なんか獣とか嫌じゃないんだろうか。逆か。むしろ夏だから青姦してしまったのかもしれない。カブトムシもクワガタも樹液を求めて木に集まる。大学も夏休みに入った頃だ。もう正午を過ぎた。赤瀬は掃除道具を背負って、汗だくになって裏山を登っていった。 「お〜い、ここだ〜〜ここ、ここ〜!」 「おい人一人殺したのに大きな声をださないでくれ、イモトじゃないんだから。ちょっと君これ化学コースの朱鷺子さんじゃないか」 「ヤってたらいきなり痙攣して死んだんだ」 「いや、いやいや……二人掛かりで騙そうったってそうはいかないぞ、朱鷺子さん失礼します…おい脈がないじゃないか、心臓も動いてないぞ…なあ……あとちんこをしまってくれ、生でやるなんて最低だ」 「済まない。つい動揺して…。だからお前に電話したんだよ、道具はあるか?埋めよう。……あのさぁ、もしかしておまえその背中の棺背負ってきたのか?すごく目立つし重いんじゃないか?」 「だって黒澤の初めての殺人じゃないか!いつかやると思ってたけど!丁寧に弔ってあげないといけない!バラバラにするなんて言語道断だ!街中ならともかくこんな人気のないところなら丁寧に埋めた方がいい!両手両足を縛ろう、ナイフも入れてあげるんだ。この懐中電灯も。君は穴を掘ってくれるかい?」 ぞんざいに渡されたスコップで、黒澤は穴を掘り始めた。 「もしかして、お前キルビルが好きなのか?」 持ってきた二本のコーラ缶は爆発して泡がダラダラと地面に垂れていた。 「いいから君は黙って穴を掘れよ」 赤瀬はニヤニヤする黒澤を睨みながら、コーラを喉に流し込んだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!