SUGAR

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SUGAR

「それで、これは本当に朱鷺子の指なのか?」 口ひげを蓄え、色黒のでっぷりとした癖毛の男が愛おしそうにケースの上から小指をなぞった。 「DNA鑑定の結果から間違いありません」 白衣を着た部下が震えながら伝えると、男は窓の外を眺めてにやりと笑った。男はウェットスーツのような全身タイツを着て、3Dモーションキャプチャーのマーカーが至る所についている。 「会長、ご覧になられましたか……?その、あの奇怪な犯行声明を」 「貴様、俺が『霧桐☆マイ』だと知ってるだろう。見たに決まってる。10億か。」 「本当でしょうか」 「あの可愛い娘がおれに助けを求めるなんてよっぽどだ。だが用心に越したことはない。警察には連絡するな。娘は家にいると伝えろ。『カクテル』を呼べ」 部下が一礼して下がると、男はVRゴーグルをつけて、『霧桐☆マイ』に戻っていった。 数時間前。 「あのクソ親父、私そっくりのMMDモデル作って『霧桐☆マイ』って名前でVチューバーやってんのよ。腹わたが煮えくりかえるわ」 「えっ!?ぼくファンでチャンネル登録してたのに……」 心底軽蔑するような目で朱鷺子は赤瀬を睨んだ。養豚場の豚を見るような目。青桐の家は人気グラビアアイドルと言う割に、ワンルームだ。 「黒澤くん、どうしたの?」 青桐は深夜に四人も来たことより泥だらけの格好に驚いている。 「さやか、悪いけど風呂入らせてくれ。」 「それは良いけど……霧桐☆マイにそっくりな娘がいるんだけど」 「桐壺朱鷺子と申します。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。おっしゃる通り霧桐☆マイのモデルです。ちょっと青桐さんの力をお借りしたくて、」 「いいよお〜♡私、霧桐☆マイの大ファンなの!!会えて嬉しいよお!」 褐色の日焼けした肌に、ノースリーブのタートルネックを着た青桐の巨乳が揺れ、アッシュ系の金髪のツインテールがぴょんぴょん跳ねた。にっこり握手した朱鷺子が後で小さく舌打ちしたのを赤瀬は聞き逃さなかった。緑も愛想笑いを浮かべて、握手した朱鷺子の右手を影でウェットシートで拭いていた。 「遅くなったけど、わたし青桐さやか!グラビアアイドルとウーチューバーで生配信やってて、プレミアム会員になると私の生活が24h365日見ることができるの!」 「今は?」 「カメラ回ってないよ!玄関にはないの。突き当りの部屋だけだよ!ただ、音は拾うかも。」 「さやか、相談したいことがあるから切ってもらえるか?」 「私のこと3万人が待ってるのに〜?」 「頼むよ」 黒澤が眉を釣り上げて、上目遣いでお願いすると、青桐は嬉しそうにカメラを切りに行った。黒澤の容姿はブライアンデッカートに黒子を散らした感じだと赤瀬はいつも思っているが、ほとほと呆れてしまう。 「それじゃあみんな、お風呂に入って!レディーファーストだよ!」 ソファの上に新聞紙を敷いて座っている赤瀬と黒澤は青桐に事の顛末を話した。 「ね、三人でお風呂入ってくれたらお願い聞いてあげてもいいよ♡」 赤瀬はギョッとして青桐を見た。 「あのな、俺と二人でいいだろ」 「だって赤瀬くんかわいい顔なんだもん♡」 「ダメだ。ほら二人が出たから入るぞ」 あーんといいながらずるずる引っ張られていく青桐が口パクで、何か言っている。 「カ・メ・ラ♡」 回ってるのか?どこで?いや信じられない。でもここで話したことが録画されてたら?赤瀬は辺りを見回すが、どこにあるか分からない。しかし、朱鷺子を信用して話せばここで殺人が起きて赤瀬が掃除する羽目になるだろう。浴室は大変だ。赤瀬は黙って浴室へ向かっていった。 「青桐さん、カメラ回ってるんですか」 「回ってないよ!」 「信じられません」 「赤瀬、いいからリビングで待ってろ」 「黒澤、録音されてるかもしれないんだぞ」 「黒澤くんにそんなことするわけないじゃん?はやく入ってきなよ♡」 やられたな、と赤瀬は思った。今まさに全裸で黒澤が人質に取られている。あのバカが。朱鷺子に話すべきか?でも話すメリットが見当たらない。朱鷺子は容赦なく殺す。緑も止めはしないだろう。たとえ話してもその内容が録音されているかもしれないのだ。赤瀬たちは既にこの部屋に痕跡を残しすぎている。ここで殺せば、全てが後手に回るだろう。まずは交渉して、カメラや盗聴器があれば取り除くことだ。普通に一人で親父に電話すれば、こんなことにならないのに黒澤をてめえの勝手で巻き込みやがって。苛々する。浴室から水の流れる音がする。赤瀬は服を着たまま、意を決してゆっくりと浴室の扉を開けた。
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