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場面六 二日遅れの朝帰り
島が桜田門近くにある佐賀藩邸に戻ったのは、それから二日が過ぎた十七日の朝のことだった。
木原は書庫から借りだしたらしい本を読んでいたが、島が部屋に入ると大袈裟に「おお!」と言った。
「二日遅れの朝帰りじゃ」
四歳年少の従弟ににやにや笑われ、頭にきた島は、従弟の頭を拳骨で一発ぶん殴った。
「痛っ。何ばすっと?」
「そもそも、わさんがおいが一人で行くのを渋ったて世徳にバラしたけん、話の面倒になったとじゃ!」
木原は唇を尖らせる。
「事実じゃろうが」
「そいでもじゃ! ハタチにもなって、言うてよかこっといかんこっぐらい弁えんか!」
「何ば言う、雨降って地固まったじゃろう」
「………っ」
それを言われると弱い。木原はすぐに持ち前の余裕を取り戻したらしく、いやな笑いを浮かべて島を見る。
「むしろ感謝の言葉の二つや三つ、あってもよさそうなもんじゃがのう」
「………」
それは確かに、感謝するべきかもしれない、が。
やはりもう少し穏便に収める方法があったのではと思うのは、贅沢なのだろうか。
おかげでかなり―――酷い目に遭ったぞ。
木原は手を伸ばし、文机の横に置いてあった文を取り上げ、島に渡した。
「世徳は、ちゃんと世話ばかけたと礼ば書き送ってきたぞ。ご丁寧に饅頭までつけてのう」
ほれ、と木原は包みを突き出した。
「………」
そういう辺りは、確かに中々にマメな男である。
包みから出て来たのは、旨そうな薄皮まんじゅうだった。
「あと世徳が、近いうちにまた来させろて。一日で使いもんにならんこっなったけん、物足りんやったと書いてあったぞ」
「げふっ」
島は、饅頭を噴き出した。
(終わり)
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