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場面五 約束(二)
「駄目?」
何が、と不審を声に込めて問い返す。服を掴んでくる指に、わずかに力がこもったようだった。
「もう………逢えんのかと」
「―――」
は?
あまりの意外さに、島はぱちぱちとまばたきをする。何故そういう発想になるのかとしばし考え込んだ。
ああ、そうか。
『弘三郎がおらん場では会いとうなかと、わさんが言うたとじゃろ』
突き放す口調で枝吉は言った。
………弘三郎のあほうが。
頭の中で、年少の従弟の後頭部に一発食らわせておく。一人で行くのを拒んだのは事実だが、それを枝吉に話すことはない。少し考えれば判りそうなものだ。島にすれば、何もこの友を警戒して、二度と二人で会いたくない、などとは露ほども考えておらず、ただ最初だけ様子見を、という程度の気持ちだったのに。
もう、逢えない。
切れたと思ったのか、枝吉は。島との関係そのものが。
考えてみれば、初めて身体を繋いだ後、というのは男でも、多分女でも、多少なりとも不安なものだ。二度目があって、それでようやく大丈夫だと少し安心する。だが身体を交わして、枝吉はすぐに江戸に発った。それから、およそ一年になる。島の方は、身体の関係はどうあれ、この友との友情が切れることなど頭を掠めさえしなかったが、枝吉はそうではなかったのだ。
友との関係に確認など必要ないし、二ヶ月ぶりだろうが五年間音信不通だろうが友は友だ。だが、恋はそれとは違う。次の約束どころか確かな言葉さえもない恋を抱いて、枝吉は自分を知る者もろくにいないこの江戸で、どんな気持ちで一年間を過ごしていたのか。
その挙句、一年ぶりに会う当の相手から二人では会いたくないと言われて、いつも腹立たしいほどに自信たっぷりの男が、混乱し、度を失った。
名もことわりや恋の重荷、げに持ちかぬるこの身かな………
無慈悲にさえ感じられるほどに叩きつけられた想いが、多分、おのれですら持てあますほどの、この男の恋の重荷だったのだ。
「世徳」
嵐に怯える弟妹を安心させるように、島は友の背を抱き、軽く撫でさすった。
同じ気持ちを返してはやれない。だが、大切な友の想いを、精一杯、この身で受けとめてやることは多分出来る。そう、島は案外打たれ強いのだ、心身共に。
「世徳、梅の名所ば知っとっと?」
「梅?」
ようやく枝吉はわずかに顔を上げて島を見た。
「せっかくじゃけん、わさんと江戸の梅でも楽しもうかと」
「………梅は、少し盛りを過ぎたの」
いとけない者のように島の服を握っていた手が、ふっと緩んだ。
「おいも、秋口に江戸に来たけんなあ………」
「桜でんよかが」
「桜か。よかの。そっちはまだ少し先じゃが」
腕の中、枝吉はどこか眠たげな口調で言う。
「墨堤(隅田堤)、上野、飛鳥山―――おいも田舎もんじゃけん、有名な場所しか知らん」
小さく笑い、枝吉は目を閉じる。
「じゃが、楽しみじゃ………」
そうじゃの、と相槌を打ち、島はようやく安心した様子の友を、腰の痛みをこらえつつ、再び胸に抱きしめた。
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