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場面一 恋の重荷(三)
およそ一年前、枝吉が江戸へ出る少し前に。
枝吉に、抱かれた。
組み敷かれ、口付けられても、最初は枝吉が何をしようとしているのかさえ理解できなかった。枝吉は従兄で、幼馴染みで、そして誰よりも大切な友だ。それこそ少年時代には素っ裸で川で泳ぎ競べをし、ふんどし一つで相撲を取り、投げ飛ばし投げ飛ばされた仲ではないか。
そんな男に組み敷かれ、好きだと言われ、思い詰めた眸で見つめられて、一体それをどう考えろというのか。
一年経った今でも、島は未だにあの出来事をうまく整理できない。
決して、無理矢理ではなかった。確かに強引だったが、友が自分を求めるなら、くれてやってもいいと思った。だから、許した。
名もことわりや恋の重荷、げに持ちかぬるこの身かな
だが、あの一度きりの情交は、島にとっては、あくまでも友の新しい一面を知った、という以外、いかなる意味もなかった。理解と友情が深まりこそすれ、持てあますような恋心など、島のうちに一切生まれはしなかった。
そう、友を思う気持ちが深まったのは、多分事実だ。不意に翳る眼差しや、島を呼ぶ愛しげな声、そして、重く暗い情念。それらは「普通に」友人付き合いをしていれば、多分気づく事はなかっただろう。
では枝吉の方は、一体どうなのだろう―――
相変わらず、島を「そういう意味で」好きでいるのか。それとも、一度身体を交わして、少しは頭も冷えただろうか。恋だと思ったものが実は錯覚だったと、枝吉も気づいただろうか。だとすれば、随分と気が楽なのだが。
その辺りが、全く読めない。手紙は何度か来たが、それも宛名は従兄弟たちと連名で、微妙な話は何ひとつ書いていなかった。そしてとてもではないが、こちらからどうだと訊くわけにもいかない。
今、二人きりで顔を合わせて、以前のように自然に言葉を交わせる自信はない。申し訳ないが、年少の従弟に場の雰囲気を和らげて欲しかったのだ。
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