場面二 従兄弟たちの夜(一)

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場面二 従兄弟たちの夜(一)

「よう、寝とっの」  四歳年少の従弟、木原弘三郎が、四肢をだらしなく伸ばして床に転がっている島を見て小さく笑う。  枝吉世徳も、床の従弟に目を向けた。  一年前から江戸に遊学している枝吉の後を追うように、郷里佐賀から従弟二人が上京してきたのは一昨日のことである。  三人がいるのは、両国橋の近くにある蘭方医の小さな家である。従兄弟たちを迎えるために、枝吉がツテを辿って借り受けたものだ。家の持ち主は所用で十日ほど江戸を留守にするとのことで、戻るまではここで留守居をすることになる。  枝吉が寄宿している昌平坂学問所の書生寮は、八畳を二人で使うという窮屈さで、人と会うとなると外へ出るしかない。幕府が設けたこの学問所は、佐賀の藩校である弘道館とは違って全寮制ではない。届け出さえすれば、外出や外泊は比較的自由だ。 「まあ、可愛いもんじゃ」  木原が言い、枝吉も笑った。  四歳も年少の男に「可愛い」と言われる男もどうかと思うが、島には、どこかそういう愛嬌のようなものがある。  木原家には男が三人いるが、全員が揃いも揃って酒豪である。枝吉も酒豪の類いだし、島も決して弱くはないのだが、木原や枝吉に比べるとやや弱い。  だが、島が早々に潰れた理由は、酒の強い弱いだけではあるまい。  こん、ふうけもんが。  枝吉は思う。  上機嫌な様子で、次々に盃を乾した従弟。  込み入った話になる前に早々に寝てしまおう、という態度があからさま過ぎて、怒る気にもなれない。 「世徳」  酒盃を呷り、木原は枝吉を見た。 「邪魔ばして、すまんかったの」 「邪魔?」  枝吉は視線を島から木原に移す。 「家まで用意して待っとっとは思わんやった」  四歳年少の従弟はにやにや笑っている。枝吉は酔った様子もない色白の顔をしばらく見つめ、わずかに唇の端を上げる。 「聞いたとか」 「いんにゃ」  木原は白い瓶子から、赤絵の盃に酒を注ぐ。 「引っかけただけじゃ」  こいつ。  年下のくせに生意気なと、枝吉は苦笑する。まあ、兄弟同様の付き合いのこの男に、別に隠し立てをするつもりもない。木原は枝吉の気持ちを知っていたし、むしろ、何故島が気づかぬのか不思議だ、とさえ言っていた。 『いっそ腕ずくで判らせたらどがんじゃ?』  呆れた様子で言われたこともある。 『あや、そいぐらいせんと一生気づかんぞ』
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