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場面三 十四夜(一)
十四日目の月が足元に濃い影を落とす道を、島は従弟と二人、影を踏んでゆっくりと歩いた。隅田川のせせらぎが、遠く聞こえてくる。
ふと足元がふらつき、ぐいと腕を掴まれた。
「しっかり歩け」
島は従弟の手を払い、一つ欠伸を漏らした。息がほのかに白い。手が寒かったので、懐手をして歩いた。
「そがん酔うとらん」
木原が、呆れた様子で島を見た。
「タヌキ寝入りば決めこんどったと?」
「いんにゃ………途中で目の覚めたとじゃが」
だからといって、あの話に入ってゆけるはずがないではないか。
思い出して、じわりと顔が熱くなる。
「弘三郎は、知っとったとじゃな」
「言うておくが、うちもわさんとこも世徳んとこも、弟どもまでみーんなよっく知っとっけんの」
しれっと言われて、島は思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
「………ほんまにか………」
「むしろ、何しわさんの気づかんやったと?」
呆れた声が容赦なく頭上から降ってくる。何というかもう居たたまれなさすぎて、穴がないなら掘ってでも入りたい。墓穴でも何でも喜んで掘るから、誰か人知れずこの身を地中深く埋めて欲しい。
「弘三郎、おいはどがんしたらよかとじゃ」
「知るか」
従弟はばっさりと切って捨てる。
「世徳が好きじゃろ?」
「当たり前じゃ。好かんなら、こがん悩まん」
ほんの子供の頃から、枝吉を嫌ったことなど一度もない。
「ばってん、世徳の言う好きは、おいのそいとは違う」
うずくまったまま言うと、木原は苦笑したようだった。
「面倒な従兄たちじゃ」
「そがん言うとなら、わさんも親友じゃと信じとった男に女んごっ組み敷かれてみい」
「おいは団にょんに組み敷かれたら、何の躊躇もなく股間ば蹴り上げて、血迷うなと頬に一発お見舞いしてそいで終わりじゃ」
島は顔を上げた。年少の従弟は腕を組み、仕様のないやつだとでも言いたげに島を見下ろしている。
「………そういうもんか」
「そういうもんじゃ。普通はの。ばってん、団にょんは世徳にそがん出来んやったとじゃろ」
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