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場面三 十四夜(二)
それが普通なのかと、思わず島は考え込んだ。
お前と寝るなど思いも寄らない、髪の毛一筋の考える余地もない、と一刀両断に突き放した方がよかったのか。本気で止めるなら、 舌を噛み切り袖を引きちぎって拒め、と、怒ったように枝吉は言った。
そうすれば、枝吉は思いとどまったのだろうか。自らを人でなしと言った、あの傷ついた暗い眸をふいと逸らして?
あの男に、あんな眸をさせるのは嫌だ。そう思った。
「世徳が、結構思い詰めとったけんの………」
島は立ち上がった。
「いつからそがん思うとったかは判らんばってん、昨日今日んこっではなかったようなんじゃ。多分、世徳自身どがんもならんやったとじゃろ」
「………昨日今日て」
ややあって、木原が言った。額に手を当て、従弟は夜空を仰ぐ。望月に近い月が、冴えた光を放っていた。
「団にょん、わさんな」
「ん?」
「おいが知っとっ限りでも、世徳がわさんな想うとった年月(としつき)は、五年やそこらではきかんぞ? ひょっとすっと、十年近いかもしれん」
酔いも全て覚める思いで、島は従弟をまじまじと見つめた。
その言葉に、頭から冷水をぶっかけられたような気がした。
「十年前にはおいは十歳(とお)じゃ。そん頃にはさすがに判らんやったけん」
「十年て、そいは」
「そいを昨日今日ん想いと一緒にされては、さすがに気の毒じゃ」
呆然と突っ立っている島の様子がおかしかったのか、木原は苦笑する。
「おいならこがんぬらか男に絶対に懸想なんぞせんがのう。世徳もつくづく趣味の悪か」
『何しおいは、こがんぬらか男ば好いたっちゃろの?』
おのれを組み敷きながら、自嘲気味に言った友の言葉を、一年も経って、島は今更ながらに納得した。
十年?
十年前といえば、十四、五の頃だ。ようやく元服をすませ、弘道館内生寮で寄宿生活を始めようか、という―――ほとんど子供の頃と言ってもいい。
そんな頃から、ずっと?
天才肌で自信家で、豪快で我が儘で、喜怒哀楽は隠さない開け放しで陽気な男―――同い年の従兄のことを、ずっとそんな風に思っていた。その男が、一つの想いを内に包んで一言も口に出さず、そしてずっと傍らにいたとは。
世徳。
わさんは―――
「団にょん」
木原の声が、やや厳しい響きを帯びた。
「そいだけの思いじゃけんの。半端な情ならむしろかけん方がよかった」
従弟の言葉が、胸に刺さった。
「言おうか、どがんすっかと思うとったばってん―――今になって怖じ気づくぐらいなら、何し望みば持たせっごつこっばした。あん自尊心のカタマリんごっ男が、ずいぶんとしおれてしもうて。あやちかっと見ておれんぞ」
「怖じ気づいた訳やなかが―――」
島は拳を握った。
島はただ、枝吉との距離を測りかねていただけなのだが、確かに、怖じ気づいたと言われればそうかもしれない。あの男の目を見ることも出来ず、酔いと笑いに紛らせて他愛のない話で時間を潰し、そして早々に寝てしまった。
今更ながら、自分の及び腰が悔やまれた。
まずい。あの態度は、枝吉世徳という男に対して、最悪と言っていいぐらいにまずい。よく途中で叩き出されなかったものだ。
「弘三郎」
島は慌てて言った。
「ちかっと戻る」
経験上だが、枝吉との間の気持ちのもつれは、長引かせればそれだけこじれる。生じたわだかまりはさっさと解いてしまわないと、根が唯我独尊で剛毅な男だけに、勝手に自分の中で片をつけてしまい、固く結び合わされた結び目のように、どうにも手がつけられなくなるのだ。
「団にょん」
踵(きびす)を返した島の背に、木原が言った。
「どがんすっにせよ、肚ぁ括ってかからんといかんぞ」
「判っとっ。すまん!」
気持ちの整理がついたわけではない。だがとにかく、島は友の許へ走った。
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