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場面四 わだつみ(二)
ふっと、枝吉の眼光が緩んだ。
「団にょ」
その口から、ぽつりと呟くようにおのれの名が洩れた。
団にょん、ではなく、団にょ、と呼ぶのはこの友だけだ。その響きはどこか舌足らずで甘やかで、時に人を竦ませるほどの鋭さを持つ友には不似合いだと、ずっと感じていた。
枝吉は本を閉じた。
「………恥ずかしい男じゃの」
「構うとれんけん」
わずかに赤面しつつもそう答えると、友は微かに笑った。
「わさんのそがんところに、おいはどがんしても敵わん」
島は草履を脱ぎ、あがりこんで枝吉に歩み寄る。枝吉はあぐらをかいたまま、傍らに立つ島を見上げた。島はその場に膝をつき、友の厚めの唇に、思い切って自分から口付けた。
互いの唇をなぞるだけの、ひどく真面目な口付け。
唇を離すと、友はにやりと笑った。
「………酒臭か」
「お互い様じゃ」
目を見交わして笑いあう。ぎゅっと、腰を抱かれた。
「そがん言うとなら………もう、遠慮せんぞ?」
島の身体を抱きしめたまま、枝吉が言った。
「もう、止まらんぞ? 今更何ば言うてん聞く耳持たん」
「よか。わさんの我が儘には慣れとっけん」
「………言うたな」
くっくっと、喉の奥で枝吉は笑う。
「団にょ」
ため息のように友の口から漏れるおのれの名は、気恥ずかしいほどに甘い。
島は友の結い上げた髪に唇を触れた。髪油の匂いがする。背を抱くと、枝吉が顔を上げた。額に唇を触れると、ひどく静かな表情で、枝吉は目を閉じる。
「………あん時も思うたばってん」
「ん?」
「わさん、よう見っと役者んごっ顔ばしとっ」
友の顔立ちがどうとか、こんな状況でもなければ意識することもない。振る舞いの豪快さに先に目が行ってしまうが、実は随分と整った顔立ちをしている。
瞼から目尻へ、高い位置にある頬骨に、頬に。
そして、唇が重なる。
今度は、深く。二度、三度と、重なるたびに、いやらしい水音がする。
口付けの合間に漏らす吐息がひどく扇情的で―――
………いかん。
疼いて、きた。
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