ライス

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ライス

午前の出張を終え、昼食の取れる場所を探していた。 食事の内容にこだわりは無い。腹を満たしつつ、午後の会議で使う資料に目を通せればどこでもよかった。 「ここでいいか」 ファミリーレストランを見つけて駆け込み、席に着いてすぐ資料の確認をする。 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」 夢中になって気づかなかったが、いつの間にか店員が目の前にいた。 「本日は焼き魚フェアを開催しております。お安くなっていますよ」 「じゃあ、それをくれ。ライスも頼む」 「かしこまりました」 十分後、注文した品が運ばれてくる。 「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」 「ああ」 「ごゆっくりどうぞ」 そして、さらに十分後。 資料に気を取られ、適当な返事をしたのがいけなかった。テーブルに目を向けると、ライスだけが寂し気にポツンと置かれている。 先にライスだけ持って来たのか? そんな事があり得るのだろうか? 思い返せば「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」と言っていた気がする。 そんな馬鹿な。聞き違いだ。 「ん? あれは、伝票?」 よく見れば、テーブルの隅に伝票が置かれていた。加速する鼓動を無理やり抑え、つばを飲み込み確認する。 『ライス』 絶望だ。それ以外は何も書かれていない。 やはり、私の記憶は確かだったのだな……あの店員は頭がおかしいのか!? 焼き魚のくだりは何だったんだ!? ご注文の品はお揃いでしょうかって、ライスだけで揃うはずが無いだろう! お揃いかどうか聞く前に、疑問に思えよ! 改めて注文し直す時間など無い。そろそろ会社へ戻らないと会議に間に合わなくなる。 何か手は無いのか? 慌てて辺りを見渡し、調味料が置かれているところで目を止めた。 「……塩か」 この日の昼食は、少しだけ涙の味がした。
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