取扱説明書をください 01

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 言われた通り、大人しく職員室に向かおうとした矢先、颯爽と歩きだしていた宮津の足が止まった。 「こんな所にいたのか。探したよ」  宮津を呼び止めたのは、三年らしき生徒だった。  えーっと、確か……中川、さん。  知っている先輩の友達の友達くらいの人で、何度か話をしたことがある。  宮津と知り合いだったのか。  一体、どこでどういう接点があるんだ? 「何か急用ですか?」  友好的な中川さんに対して、宮津の素っ気無い返答。  上級生に対しても同じなんだなぁ、と妙に安心してしまうのは何故だろうか。 「いや、そうじゃないけど」 「じゃあ、どうして探してたんです?」  俺には「用もねぇのに勝手に探してんじゃねぇよ」という風に聞こえた。  あくまで、俺の勝手な思い込みだろうけど。  でも、少なくとも歓迎しているようには到底見えない。  それにしても、これって立ち聞きになるのかな?  しかし、俺の進行方向は宮津の伝言によってさっきとは逆、つまり宮津と先輩が立ち止まって話しをしている方になったのだ。  素通りするのも勿体無い。  勿体無いとは、表現がやや不適切かな。  率直に「気になる」が正しい。  だってこの中川さん、一分程前に二人が知り合いだと知った俺にも分るくらい、宮津が好きらしいから。 「もう帰るだろ? 俺も帰るし、一緒にどう?」  宮津の素っ気無い態度にはもう慣れているらしく、中川さんは笑顔を崩すことなくそう言う。 「は?」 「だから、途中まで一緒に帰らないか? どうせ方向は同じなんだしさ」  またしても、宮津の「くだらねぇ」という心の呟きが聞こえたようだった。 「すみません。今日はちょっと寄るところがあるので」 「何? 買い物? 迷惑じゃないなら付き合うよ」 「はぁ……」  「迷惑だよ」と言っているにも等しい、宮津の呆れた相槌。  そんなに嫌なら、はっきり言ってやればいいのに。  どうして宮津は曖昧にしか答えないんだ。  先輩だから遠慮しているのか? 「すいませんね、先輩。俺が先約なんです」  黙っていられなくなって、二人の間に割って入っていた。  宮津が先輩の誘いを嫌がっているのは確実。  ここは同じクラスのよしみと、偶然見てしまった縁として、一肌脱いでみることにした。  まぁ、根底には、「これがきっかけで宮津と仲良くなれるかも」という邪まな友情があることは否定しないが。 「……綾部」  怪訝な表情の中川さんと、状況が飲み込めていない宮津の視線を浴びる。 「宮津と約束しているんですよ」  効果として、宮津の肩に手を置きながら微笑んでやった。  俺判断として、この場合は笑顔の方が威嚇になる。 「お前、まさか……」 「だから諦めてもらえます?」  何かを言おうとする中川さんの言葉を遮って、更にトドメを刺す。 「綾部?」  まだ何が起こっているのか分っていない宮津が、不安気に俺を見上げてくる。  こんな表情は初めて見る。  仏頂面なんかよりよっぽど自然だ。 「な?」 「本当なのか、宮津」  有無を言わさぬように俺が同意を求めたと同時に、中川さんが宮津に詰め寄る。 「……えっと」  宮津が困ったように、俺と中川さんを交互に見る。  俺の出した助け舟に乗ろうかどうしようか迷っているのだろう。 「そうなんだな……お前ら」  はっきりしない宮津の沈黙を、肯定と判断した中川さんが呆然と呟いた。 「そう……って?」 「分かったよ。今日は諦める」  悔しそうにそう言った中川さんは、最後に俺を睨みつけて立ち去って行った。  あっさりした人で助かったな。 「オイ」  やっとこの空気を理解した宮津が、「どうするんだよ」と言うようにこっちを睨み上げる。  せっかく助けてやったのに、欠片もありがたがられてねぇし。 「どうしてあんな嘘を」  責めるような口調で宮津が言う。  怒っているのかもしれない。 「困ってるように見えたから」  と言うより、じれったかった。  迷惑しているのがバレバレなのに、自分からは決定的な事をいわない宮津と、そこに付込む先輩が。 「だからって……」  文句をいいたそうな宮津は、そう言ったきり黙ってしまった。  言いたい事があるのに言わない。  言わないなら言わないで良いのだが、それが態度に出すぎだ。 「嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいぞ。ああいう手合いは放っておくとすぐ付け上がる」 「付け上がらせておけばいい」  忠告のつもりで言ってやったのに、宮津は平然とそう言い放つ。 「……は?」  空耳かと驚いている俺を尻目に、宮津はいつもの調子で言葉を続ける。 「すぐに、オレと話をしても面白くないと分かって飽きるだろ」  オイオイ。  ちょっと冷めすぎじゃないか? 「本気で言ってる?」 「もちろん」  間違いなく、宮津は本気で言っている。  そういう目をしている。  冷めているのかボケてるのか。  どちらにしても、俺の予想通り中々癖のありそうな奴だ。  その自己評価の低さに、ますます興味が湧いてしまった。  それにもし、宮津の予想に反して中川さんが飽きなかった場合の事を考えると、放ってなんて置ける訳がなかった。
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