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言われた通り、大人しく職員室に向かおうとした矢先、颯爽と歩きだしていた宮津の足が止まった。
「こんな所にいたのか。探したよ」
宮津を呼び止めたのは、三年らしき生徒だった。
えーっと、確か……中川、さん。
知っている先輩の友達の友達くらいの人で、何度か話をしたことがある。
宮津と知り合いだったのか。
一体、どこでどういう接点があるんだ?
「何か急用ですか?」
友好的な中川さんに対して、宮津の素っ気無い返答。
上級生に対しても同じなんだなぁ、と妙に安心してしまうのは何故だろうか。
「いや、そうじゃないけど」
「じゃあ、どうして探してたんです?」
俺には「用もねぇのに勝手に探してんじゃねぇよ」という風に聞こえた。
あくまで、俺の勝手な思い込みだろうけど。
でも、少なくとも歓迎しているようには到底見えない。
それにしても、これって立ち聞きになるのかな?
しかし、俺の進行方向は宮津の伝言によってさっきとは逆、つまり宮津と先輩が立ち止まって話しをしている方になったのだ。
素通りするのも勿体無い。
勿体無いとは、表現がやや不適切かな。
率直に「気になる」が正しい。
だってこの中川さん、一分程前に二人が知り合いだと知った俺にも分るくらい、宮津が好きらしいから。
「もう帰るだろ? 俺も帰るし、一緒にどう?」
宮津の素っ気無い態度にはもう慣れているらしく、中川さんは笑顔を崩すことなくそう言う。
「は?」
「だから、途中まで一緒に帰らないか? どうせ方向は同じなんだしさ」
またしても、宮津の「くだらねぇ」という心の呟きが聞こえたようだった。
「すみません。今日はちょっと寄るところがあるので」
「何? 買い物? 迷惑じゃないなら付き合うよ」
「はぁ……」
「迷惑だよ」と言っているにも等しい、宮津の呆れた相槌。
そんなに嫌なら、はっきり言ってやればいいのに。
どうして宮津は曖昧にしか答えないんだ。
先輩だから遠慮しているのか?
「すいませんね、先輩。俺が先約なんです」
黙っていられなくなって、二人の間に割って入っていた。
宮津が先輩の誘いを嫌がっているのは確実。
ここは同じクラスのよしみと、偶然見てしまった縁として、一肌脱いでみることにした。
まぁ、根底には、「これがきっかけで宮津と仲良くなれるかも」という邪まな友情があることは否定しないが。
「……綾部」
怪訝な表情の中川さんと、状況が飲み込めていない宮津の視線を浴びる。
「宮津と約束しているんですよ」
効果として、宮津の肩に手を置きながら微笑んでやった。
俺判断として、この場合は笑顔の方が威嚇になる。
「お前、まさか……」
「だから諦めてもらえます?」
何かを言おうとする中川さんの言葉を遮って、更にトドメを刺す。
「綾部?」
まだ何が起こっているのか分っていない宮津が、不安気に俺を見上げてくる。
こんな表情は初めて見る。
仏頂面なんかよりよっぽど自然だ。
「な?」
「本当なのか、宮津」
有無を言わさぬように俺が同意を求めたと同時に、中川さんが宮津に詰め寄る。
「……えっと」
宮津が困ったように、俺と中川さんを交互に見る。
俺の出した助け舟に乗ろうかどうしようか迷っているのだろう。
「そうなんだな……お前ら」
はっきりしない宮津の沈黙を、肯定と判断した中川さんが呆然と呟いた。
「そう……って?」
「分かったよ。今日は諦める」
悔しそうにそう言った中川さんは、最後に俺を睨みつけて立ち去って行った。
あっさりした人で助かったな。
「オイ」
やっとこの空気を理解した宮津が、「どうするんだよ」と言うようにこっちを睨み上げる。
せっかく助けてやったのに、欠片もありがたがられてねぇし。
「どうしてあんな嘘を」
責めるような口調で宮津が言う。
怒っているのかもしれない。
「困ってるように見えたから」
と言うより、じれったかった。
迷惑しているのがバレバレなのに、自分からは決定的な事をいわない宮津と、そこに付込む先輩が。
「だからって……」
文句をいいたそうな宮津は、そう言ったきり黙ってしまった。
言いたい事があるのに言わない。
言わないなら言わないで良いのだが、それが態度に出すぎだ。
「嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいぞ。ああいう手合いは放っておくとすぐ付け上がる」
「付け上がらせておけばいい」
忠告のつもりで言ってやったのに、宮津は平然とそう言い放つ。
「……は?」
空耳かと驚いている俺を尻目に、宮津はいつもの調子で言葉を続ける。
「すぐに、オレと話をしても面白くないと分かって飽きるだろ」
オイオイ。
ちょっと冷めすぎじゃないか?
「本気で言ってる?」
「もちろん」
間違いなく、宮津は本気で言っている。
そういう目をしている。
冷めているのかボケてるのか。
どちらにしても、俺の予想通り中々癖のありそうな奴だ。
その自己評価の低さに、ますます興味が湧いてしまった。
それにもし、宮津の予想に反して中川さんが飽きなかった場合の事を考えると、放ってなんて置ける訳がなかった。
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