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02
翌朝、学校へ行くと、昨日までとは明らかに違う空気の中に迷い込んだ。
やけに視線を感じるのだ。
俺は比較的注目され易く、声を掛けられやすい人間だ。
それは認める。
しかし、今日の様子はいつものそれとは異なるように感じる。
気の所為かとも思ったが、それは教室を目前にして決定的となった。
「水臭いよな」
挨拶より先に、そんなセリフを言いながら俺の肩に手を置いたのは、中等部からの友人である小山だ。
「何が」
俺は何のことか分からず、とりあえず訊き返した。
「ま、言われてみれば、いっつも気にしてたもんな。納得と言えば納得」
しかし、返ってきたのは相変わらず意味不明なセリフだった。
俺の肩をポンポンと叩きながら、勝手に納得したように頷いている。
「何の話だ」
全く話が見えない。
そんな俺を見た小山は、「分かっている」と言うようにニッコリ笑って顔を寄せてきた。
「でもさ、なんで宮津なの?」
「はぁ?」
宮津?
宮津がどうしたんだ?
どうして朝一で、俺に宮津を訊くんだ?
そもそも、宮津の何を訊かれているんだ?
「俺たちには分からない魅力を見つけたのか。そうか、さすがだな」
勝手に自己完結されても、俺には何の事か全く分からない。
宮津の何を見つけて、俺が流石だって?
「あのなぁ……」
「聞いたぞ、綾部クン」
いい加減にしろ、と言ってやろうと口を開いた途端、別方向から声が掛かる。
同じく友人の島田だった。
こっちも、例によって俺の分からない理由で楽しそうだ。
「そうならそうと言ってくれよ」
「何だよ、朝っぱらからみんなして」
おそらく話題の中心である筈の俺を放って、周りがどうしてそんなに楽しそうなんだ。
しかも、誰も説明をしようともしない。
こいつらには教える気がないのだと諦めて、周囲の控えめな視線を浴びながら自分の席へと向かった。
机に鞄を置いて、「さて」と後ろから付いてきた小山と島田へと振り向く。
「あっ、でも、前から気にしてたもんな」
「ちょっと不思議には思ってたけど、まさかそうだったとは……」
二人はまだ訳の分からない話をしていた。
周りの奴らも、俺がどう答えるか非常に興味深そうに聞き耳を立てているようだ。
「俺を置き去りにして何の話だ」
ぐいっと小山の耳を軽く引っ張ってやると、俺の力の分こちらに頭を傾けた小山が今更と言うように答えてくれた。
「宮津の話だよ」
答えてくれたのはいいが、全く解決にならないどころか、更に訳が分からなくなるような答えだ。
さっきも名前が出たが、宮津に何かあったのだろうか。
否。
周囲の様子から察するに、何かあったのは俺の方だと考える方が妥当だ。
恐らくその「何か」に宮津が関係しているのだろうが、困った事に全く心当たりがない。
「惚けんなよ。もうバレてんだって」
「はぁ?」
「好きなんだろ?」
勘ぐるように訊かれたのは、俺の宮津に対する気持ちだろうか。
しかし、そんなものをどうしてわざわざ確認する必要があるのだろう。
「宮津を? 好きだよ」
俺は反射的にそう答えていた。
あいつを嫌う要素なんて何もないのだから当たり前じゃないか。
「お前は嫌いなのか?」
質問の意図が理解できなくて小山に訊ねた。
まるで、俺だけ特別だとでも言うような訊き方だったから。
しかし、小山には俺の質問に答える気は無いらしい。
側の机に寄りかかり、腕を組んでしみじみと口を開く。
「お前って、ホントにつくづく楽しいヤツだよな。どうして宮津なの?」
それはこっちが訊きたい。
どうしてそんな事を、朝からしつこく訊かれなければならないのか。
「俺も聞きたい」
「みんな聞きたい事だと思うぞ、それは」
「だよなー」
たまたま近くにいただけの奴らまで話に混ざって、口々にそう言う。
ざっと見た所、渦は教室全体を飲み込んでいるようだ。
「だから、さっきから何なんだよ」
台風の中心が静かだというのは、自然界においてだけではないらしい。
この話題の中心であろう、この俺を差し置いて、周りがやけに熱している。
台風の目という存在は、実は予想以上に孤独なのかもしれない。
「お前らは違うのかよ。何で俺だけ特別扱いされているんだよ」
それほど多くを知っている訳ではないが、宮津を嫌う奴なんていないと思う。
宮津は存在が薄く、目立つタイプではない。
決して中心にはならなくても、輪の中には何の違和感もなく落ち着いていられる。
厭味も陰口も言わず、自慢も卑下も口にはしない。
つまり、嫌う要素など思いつかないのだ。
口数が少ないと言ってしまえばそれまでなのだが、それは中々難しい事だと思うのだ。
素なのか、それとも演技なのか。
未熟な俺は、まだ見抜けないでいる。
だからこそ、俺はもっと宮津の事を詳しく知りたくなったのだが。
しかし、こんな風に話題の中心に上げられるような奴ではなかった筈なのにどうして……と首を傾げていると、当たり前のように島田が言う。
「綾部だからに決まってんだろーが」
断言してくれたのは良いが、全く理由になっていない。
「そうそう」
「綾部なら何も宮津じゃなくてもさー」
「宮津って別にそんな悪くはないけど、綾部の相手って感じではないよな」
島田に続いて、周囲からそんな声が浴びせられる。
ますます混乱してきた。
「俺の相手が宮津って何だよ」
小出しにされた情報をいちいち拾って質問をしなければならない鬱陶しさにうんざりして投げやりに言うと、「とぼけるなよ」と小山が小突いてくる。
そして、衝撃的な理由が明らかになる。
「付き合ってんだろ?」
「誰が」
「お前と宮津」
頭が、真っ白になった。
ここは男子校だ。
どこを見ても男しかいない空間。
それでどうして、そういう話題で盛り上がれるんだ?
そりゃあ、今までにもそういう話を耳にした事くらいはある。
しかし、そんなのは一種の恒例行事みたいなもので、大抵は「~らしい」という形のない噂で終わるのだ。
かくいうこの俺も、男に狙われた事もあれば、告白された事もある。
それに関して何かしらの噂を聞きつけた奴に真相を聞かれる事もあったが、このように大々的に詰め寄られるのは初めての経験で、さすがの俺も驚きを隠せない。
その上、よりにもよって宮津とだなんて、あまりにも脈絡が無さすぎる。
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