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「どうしてそうなる」
否定するより先に、経緯を聞きたかった。
俺の相手とやらに宮津が選ばれた理由は何だ?
「三年生の間で実しやかに噂されてるんだよ」
「『あの綾部が同じクラスの宮津ってヤツと付き合ってる』って」
ここで、ようやく件の「噂」を聞くことができた。
それにしても、三年生の間で?
まさかそんな所が出所だとは、思わず気が抜ける。
「何だそのデマは」
三年生から広まった噂だと聞き、凡その予測がついてしまった。
「嘘なのか?」
「当たり前だろ。どーして俺と宮津がそういう事になるんだよ」
しつこく訊いてくる小山の顔を手で退けながら、周りにも聞こえるようにやや大きめの音量で言った。
「だよなー」
真相を教えてやると、周りに集まっていた奴らが詰まらなそうに散っていく。
何を期待していたのだろうか。
「俺らも変だとは思ってたんだよ」
ヘラリといい加減に笑った小山が、「なぁ?」と島田に同意を求めた。
嘘吐け。
納得したように口々にそう言うが、さっきまではすっかり信じてたくせに。
噂の出所が三年生という事は、昨日の中川さんとのやり取りが原因だろう。
本人に悪気がなくても、「あの二人ってそうだったのか?」と誰かに訊けば、次の日にはこの通りだ。
平和な上に、みんな暇なのだ。
他人の事なら大して気にもならないが、自分の事だと、根も葉もないだけに余計に馬鹿馬鹿しい。
「でもさ、綾部ってやたらと宮津のこと観察してたし、もしかして、なんて……」
噂を真に受けた事を弁解するように小山が言う。
確かに観察はしていた。
気に掛けて見れば見るほど、宮津は不思議だから。
しかし、それが何だというのだ。
変わっているものを見てしまうのは、ごく自然な心理だろう。
「それって、宮津がちょっと変わってるから、綾部的に気になってやつだろ?」
小山を補うように、島田が補足する。
間違ってはいないが、まるで物好きのように言われるのは少々不快だ。
「え? 綾部って宮津のこと観察してたのかよ」
「『気になってた』って……」
小山や島田の言葉を聞いて、散りかけていた集団の動きが止まった。
そして、再びジワジワと密集しつつある。
「な、何だよ」
俺の密やかな楽しみを知らなかった連中が、驚いたような目でこっちを見ている。
そんな目で見られる程におかしい行動ではない…と思うのだが。
「じゃあ、もしかして、綾部の片思い?」
「はぁぁ?」
嫌な予感はしていたが、まさかそんな方向に飛び火するとは予想外だ。
意地でも、俺が宮津を好きだという話にしたいらしい。
宮津は好きだが、それとこれとでは話が別だ。
「あっ、なるほど」
呆然とする俺の横で、小山がポンと手を打った。
どこがどう「なるほど」なのか、俺には何一つ理解できない。
「でも、綾部だぞ。それが宮津?」
「どっちにしても、そこが疑問だよな」
「ちょっとまてまて」
怒りより、照れより、弁解するより、呆れが先に立ってしまって、声に力が入らない。
しかし、そうしている間にも皆の誤解の暴走は続く。
「綾部の一方的な片思いか……」
「だから、人の話を聞けって!」
手近な所にいた島田の腕を引いて、さっきより少し大きめの声で歯止めを掛ける。
一瞬静まりかけたように思えた騒めきだが、少しの刺激で再び手が付けられなくなる危険がある。
収束させる言葉を見つける前に、誰かの呟きが聞こえた。
「そういえば、渦中の宮津は? まだ来てないのか?」
その言葉に、今更ながらその場にいたほぼ全員が周囲を見回して宮津の姿を捜していた。
「いつも、来るの遅かったっけ?」
気付けば登校していて、知らないうちに下校しているから、こいつらがいつもの宮津の行動パターンを知らなくても無理はない。
ここで、日々観察していた俺の出番だ。
「そんな事は……」
「保健室」
「ない」と言いかけた所で誰かに先を越された。
声の主は、それまで会話に一切参加せず、ただ傍観していた渡部総だった。
名簿では「あ」と「わ」で一番遠い所にいるが、現在の席順は俺のすぐ後ろに座っている。
一目見た瞬間、「白皙の美少年」という言葉が頭を過ぎる程の容姿を持ちながら、次の瞬間で異彩を撒き散らす存在感に唖然とさせられた者は少なくないだろう。
どの辺りが異彩を放っているのかを説明するのは、極めて難しい。
奴の奇妙さは、言葉では言い表せる様なものではないのだ。
しかし、見た目の美少年さに目が眩んで、軽い気持ちで手を出そうとした上級生数人が包帯姿になり、その後は渡部の視界にすら入りたがらない程怯えているというのは、我が校では割と有名な話だ。
一体、どんな反撃をしたのか、想像するのも恐ろしい。
その渡部が、何故か宮津の居場所を知っていて教えてくれたのだ。
「保健室?」
登校するやいなや、いきなり保健室とは。
と不思議そうに聞き返した俺に、渡部の「お前の所為だよ」と言いた気な視線が突き刺さる。
「朝来てからずっとこの噂に晒されて、耐え切れなくなったんだよ」
教室の外を指した渡部につられて廊下へ見やると、いつもより通行量が多いように思えた。
しかも、ほとんどの生徒がウチの教室を窺っていく。
見た事も聞いた事もない「宮津」という生徒を、興味本位で見学しようとしているのだ。
なるほど。
宮津が逃げ出したくなるのも、分からないでもない。
「顔色、良くなかったなぁ」
わざと俺に聞こえるように言った、渡部の独り言のような呟きは確実に俺を責めていた。
こんな事になるのは、何故か俺が校内の有名人に属していて、宮津がクラスの奴くらいしか知らないような影の薄い生徒だから、らしい。
俺が何もしてなくても、この事態は俺の責任だと言う事か?
だからって、俺にどうしろと言うんだ。
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