取扱説明書をください 01

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取扱説明書をください 01

 毎日が、程よいカンジで過ぎていく。  どちらかと言えば充実していて特にこれといって不満はないが、強いて言うなら、不満がないことが不満かもしれない。  年頃の男の子らしく恋愛事に身悶えてみるとか、硬派に部活に打ち込んでみるとか、そういうものとは全く無縁で、勉強も対人関係も良好すぎて欠伸が出る。  順調と言えば聞こえは良いが、こんな俺は他の奴らから見て詰まらない人間なのではないかと思ってしまう時がある。  口にするほどの事でもない虚無感。  ふとした時にたまに思い出す小さな刺。  俺は、何のために生きているのだろうか。  と、まぁ、思い悩むのはその程度のことくらい。  大した問題ではない。  至って順調で平和な毎日を過ごしている。  今日もあっという間に一日が終わり、気付いたらもう放課後。  こんな調子で年をとっていくのか、と感傷にふけるには俺はいささか若すぎるだろう。  今が楽しければそれでいい、くらいの勢いで今日もまた日が暮れる。    「綾部(あやべ)」  中等部からの流れで生徒会役員なるものに就任している俺は、大抵の場合、放課後は生徒会室かそれに関係する場所に顔を出している。  本日も、ぼんやりと窓の外を見やりながら生徒会室へ向かうために廊下を歩いていると、後ろから誰かに呼び止められた。  「綾部」というのは俺の苗字。  ちなみに、下の名前は「(ゆい)」。  字面と響きから女の子に間違われることがよくある。  さすがに、男子校じゃその手の勘違いはありえないけれど。  で、話を戻して、呼ばれて振り向いた先にいたのは、なんとクラスメイトの宮津暁生(みやづあきお)だった。  「なんと」と俺が驚くのには理由がある。  宮津とは同じクラスだというのに、あまり会話をすることがない。  声すら記憶に薄い。  特に俺が避けられている訳ではなく、宮津は誰とでも必要以上関わろうとはしない。  周りの宮津の評価は、概ね「大人しい」とか「物静か」とか「人見知り」などになるだろう。  けれど、俺の目にはただ単に興味が無いだけのように映る。  周囲から注目を集めないように、できるだけ目立たないように、いつも自分から影の中に隠れているようだ。  それが徹底しているから、余計に目を引く。  どうして皆は気付かないのだろう。  それは宮津ではないのに。  入学してから、まだ三ヶ月程度しか経っていないから仕方無が。  俺としては、「みんなもっとよく見ろよ」と言ってやりたくなる。  宮津って本当はもっと、何かこう…違うんじゃないかな、と密かな期待を胸に、人知れず観察なんぞしてみている訳だ。  その宮津が俺の目の前にいる。  しかも、呼び止められた。  宮津から俺に話し掛けてくるなんて、これが初めてじゃないか?  こうして間近で見ると、宮津は意外にカワイイ。  と言っても、女の子っぽいという事ではなく、こんな感じの弟がいたら可愛がるだろうな、という類のやつだ。  弟みたいでカワイイ、なんて感想は同級生に失礼だったな。  しかし、他にどう表現したら良いのやら…。 「担任が呼んでる。5時までなら職員室にいるから、早く来いって」  俺の頭の中など全く知らず、宮津は淡々とした口調でそう言った。  なるほど。  ただの伝言か。  それなら、宮津がわざわざ俺に話し掛ける理由も分る。 「何の用だろ」 「さぁ? オレに聞かれても」  軽い気持ちで言った俺の呟きに、全く興味なさ気に宮津が言う。 「だよな」  正直、こんなあからさまな態度を取られると軽くへこむ。  どうしたら、この宮津の猫の皮を剥がすことができるだろうか。  用件だけを伝えてさっさと踵を返してしまった宮津の背中を見つめながら、そんな事を本気で考えていた。  いつも思っていたけど、宮津って華奢なんだよな。  後姿が頼り無さ気。  風が吹いたら飛んでしまいそう。  錘でも付けておいた方がいいんじゃないのか?  なんて、大きなお世話か。
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