第三章

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俯いて、両手に持ったビール缶の飲み口をぼんやりと見つめる。そして、独り言のように呟いた。 「ベタベタされるのは……苦手だよ……」 しかし、断れなかった。韮崎のことは尊敬していて、憧れていて、そんな韮崎に触れられることは不快だと言えなかったのだ。口を噤んだ透に、何を思ったのか、不意に視界が暗くなり、体の重心が揺れる。 「い……伊沢……?」  すぐ近くに伊沢の顔がある。心臓が壊れそうなくらい大きく拍動し、頬がカッと熱くなった。そんな自分の変化を悟られたくなくて後退するが、ソファーのアームレストより先には下がれない。上から覆いかぶさるようにして顔を覗き込まれ、透は思わず手で顔を覆った。しかしそれも、手首をつかまれて伊沢に退けられてしまう。 「苦手なら、なんできちんと言わなかったんですか。誰かに、助けを求めなかったんですか。いつも、へらへらにこにこして、やらなくていい仕事引き受けて。嫌なら嫌、できないことはできない、やりたくないって、どうして相手に伝えないんですか。透さんを見てると、イライラする」  インクと紙の匂い、コピー機の音。今でも鮮明に思い出せる、伊沢の表情、声が、目の前の伊沢に重なる。 「『あんたを見てると、イライラする……』」 三年前の、伊沢の言葉をなぞる。それを聞いた伊沢は、一瞬だけ目を見開いた。
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