第二章

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二人で小部屋の戸締りをして、一緒に会社を出る。もう一年も一緒に仕事をしているのに、就業後に歓迎会や送別会などがあった日を除けば、二人で会社から帰るのは初めてかもしれない。  顔が赤い、と伊沢に指摘された通り、朝から体調の悪さは感じていた。寝不足で無理をすればすぐ風邪を引くとわかっているのに、この一ヶ月は眠りが浅く、つい早朝から会社に来ていたのだ。  立ち上がって歩き出すと、朝よりもしんどさが増していることに気が付く。体はだるく、頭は朦朧としていた。  本社の入ったビルから、駅までの道のりがやたらと遠く感じる。歩みの遅い透に合わせてくれるのが申し訳なくなり、一度立ち止まって声をかけた。 「伊沢……、先帰っていいから」 「……え?」 「大丈夫だから……」 そう言い終えたあたりで、目の前が真っ暗になった。「透さん!」と呼ぶ声が聞こえる。頭がぐらりと揺れ、立っていられなくなった。崩れ落ちそうになる体への、衝撃を覚悟したが、硬い腕に抱き留められ、ふわりと体が持ち上がる。近寄るとほんのり香る嗅ぎなれた香水の匂い。普段よりも強く感じるこの香りを、ずっと怖いと思っていたのに、今はなぜだか安心する。 気が緩んだ透の意識はそこで途絶えた。
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