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数か月ぶりに訪れた伊沢の部屋は、相変わらず物が少なく、清潔に保たれていた。
「こまめに掃除してるんだな……」と透が呟くと「週に一回、ハウスクリーニングを頼んでるので」と返された。
――そうだった……。伊沢と僕は、住む世界が違うんだ……。
先ほどタクシーに乗らなかったのも、透のお財布事情を配慮してくれたのだろうか。
「さっき、なんでタクシー乗らなかったんだ? ここまでなら、大した金額じゃなかったのに……」
対等だと思っていたのに、後輩からそんな気遣いをされていたとしたら、少し悲しい。そんな感情が生まれ、ついぼやいてしまう。
「透さんに……、やっぱりこのまま乗って帰るって言われたら嫌だったから……」
「え……?」
ぼそりと呟いた伊沢の声。電動で閉まるカーテンの音で、がよく聞こえなかった。聞き返したが「飲みなおしますか?」と問われただけだ。なんとなくもう聞き返すことができず、「座っててください」と言われたソファーに腰掛ける。包み込まれるようなふかふかの弾力で心地良い。キッチンから戻ってきた伊沢に、よく冷えたビール缶を手渡され、プルトップを開けた。
韮崎の登場と追跡ですっかり酔いは醒め、伊沢の家までの徒歩でじわりと汗をかいた体に冷えたビールが染み渡る。
「さっきの二人さ……どう、思う……?」
二缶目のビールに突入したところで、躊躇っていた質問を伊沢にぶつけた。シンプルなグレーのTシャツに黒のスウェットパンツ姿になった伊沢は、長い脚をオットマンに投げ出し、リラックスした表情で缶ビールを嚥下していた。こくりと動いた喉元を、吸い寄せられるように見つめてしまう。
――僕……、やっぱり何かおかしい……。
酔いが回ったのか、突然ぽかぽかと顔が火照り、ワイシャツのボタンをもう一つ外して、手で仰ぐ。
「暑いですか?」
そう言って立ち上がり、空調のリモコンを取ろうとした伊沢を「大丈夫! 大丈夫だから!」と言って止めた。せっかく意を決して尋ねたのに、話の流れを折ってしまった。「はあ……」と溜息をつくと、二缶目のビールを呷って俯いた。
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