第三章

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第三章

少しずつ変わっていった日々の中で、韮崎の案件は未解決のままだった。あれ以降も怪文書が二度ほど届いたが、差出人はおろか、韮崎が横領をした事実も掴めない。  事態が動いたのは、透と伊沢が一緒に飲みに行った日のことだった。金曜日だったこともあり、今日は少し場所を変えましょう、という伊沢の提案で入った居酒屋で渦中の人物と遭遇したのだ。 「伊沢……、韮崎課長がいる……」 そろそろ帰ろうかと、店員に会計を頼んでいると、斜め向かいの個室から聞き覚えのある声が聞こえてきた。古民家風の落ち着いた内装の店内は、それぞれが個室になっており、障子の間仕切りがある。それを閉めれば完全に個室になる作りだ。同じように、向こうの席でも会計をしていて障子が開いている。 盗み聞きをするなど賢明な判断とは言えないが、怪文書の件が行き詰っている以上、藁にも縋りたい気持ちだった。何かヒントになることがあるかもしれない、と伊沢と透は静かに様子を伺った。 「来月のマカオ、頼むな……壮馬」 「うん……」 ぼそぼそとだが聞こえる二人の会話から推測すると、韮崎と同席しているのは、JTAのグループ会社に勤める男性のようだった。韮崎は「そうま」と親し気に呼んでいて、仲の良さが伺える。
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