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「ここから出してって、言ってる」
少女の訴えに、親方は目を丸くした。
「たまげたなぁ」
手のひらに奇石を乗せた少女をまじまじと見る。
年の頃は多く見積もってもせいぜい七、八歳といったところだろう。
奇石の中の像が視えるだけでも驚きなのに、奇石の声まで聞ける人間なんてそういるものではない。
長年修行を積んだ親方でさえ、声が聞こえるようになったのはここ数年でのことだ。
いくら修行を積んでも聞くことが叶わずこの世を去る者も多い。それなのにこんなに幼いうちから聞く耳を持っているなんて才能としか思えなかった。
「お嬢ちゃんなら今すぐにでも俺の跡を継げそうだぜ」
親方は頬をほころばせ、少女の頭を無遠慮にワシャワシャと撫で回した。少女の頭がぐらんぐらんと左右に揺れるが、少女はされるがままだ。
「跡を継ぐって、おじさん何屋さんなの?」
少女は頭に手を置かれたまま親方を見上げた。親方はニヤリと口角を上げる。
「俺か?俺はなぁ」
親方がもったいつけるように店の奥へとゆっくりと歩いて行くので、少女はその後に従った。
大きさも色も様々な石が並べられた木製の棚の間をすり抜け、カウンターの奥にある木の扉の前で足を止めた。親方は鉄の取っ手に手をかけ、ドアを押し開いた。
「守護像職人だ」
少女が室内に足を踏み入れた瞬間、
―バサッ
「!?」
頭に何かが止まって驚いた。
「こうしてみな」
親方が右手を曲げながら前方へ出したので少女もそれに習う。するともう一度、頭が下に押される衝撃の後、少女の腕に止まり直したのは鳩ほどの大きさの青い鳥だった。
くるる、と喉を鳴らしてこちらを見つめる美しい鳥の頭に、そっと手を伸ばす。柔らかい羽の感触が指先に伝わるーはずだった。
しかし指に伝わったのは固い、まるで石のような感触。
青く冷ややかな光をまとう羽に、羽毛のような柔らかさはなかった。よく見れば、瞳も複数の色が入り交じった虹色だし、尾羽は長く、先端はクローバーの葉一枚一枚を縦に並べたような形をしていて、普通の鳥とは言いがたかった。
「ここにいるヤツらはみーんな、俺が奇石から掘り出したんだぜ」
親方は誇るように辺りを見回す。
その視線に合わせるように、青い鳥が少女の腕から飛び立った。吹き抜けの高い天井に舞い上がる。
その先を目で追い、視界に入ってきた室内の光景に少女は息を呑んだ。
大きな窓に置かれた机の上。ノミやハンマー、彫刻刀などの道具類が散乱し、彫りかけの複数の石が光を反射し輝いていた。
ふ、と足元に視線を落とせば、石の床をチョロチョロと動き回っているのは虹色の瞳を持つネズミ。
天井の隅に糸を張っている小さな蜘蛛も臀部が虹色だ。
様々な奇石が入ったガラス戸棚の上には黒猫が丸まって午睡を楽しんでいた。瞳は見えないがおそらく虹色だろう。
少女は頬を紅潮させ、親方を見上げた。
「守護像職人ってどうすればなれるの?」
今までの無愛想はどこへやら、キラキラした瞳で問われ、親方は一瞬きょとんとすると、豪快に笑い出した。
「はっはっは!お嬢ちゃん、すっかり奇石の虜だな!いいぞ、お嬢ちゃんがホンキなら俺の弟子になれ!お嬢ちゃんならイイ職人になれる」
親方は上機嫌で再び少女の頭を撫でた。
これが少女―シオにとって初めての守護像との対面であり、将来を決めた瞬間だった。
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