1 ばつ印の少年

1/2
40人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

1 ばつ印の少年

 未来の未来の、そのまた未来。夜空の星のかなた、地球から遠くはなれた所に、少し白っぽい太陽と、その周りを回るたくさんの惑星があった。  たくさんの惑星の中には、生きものが生きていくのにちょうど良い星がいくつもあって、いろいろな生きものが、そこで生まれ育ったり、よその遠い星から移り住んだりしていた。  さて、そういった惑星からずっとはなれた所、白っぽい太陽から一番遠い所に、さびしくただよう物があった。  それは巨大なタイヤのような形の建物で、タイヤのようにくるくる回転していた。表面はぎらぎら光っていて、お椀のような形のアンテナや、丸や四角や六角形のとびらでうめつくされている。  これは宇宙ステーションだ。白っぽい太陽の周りを、惑星や彗星と同じように、長い時間をかけてぐるぐる回っているのだ。  けれども、いつ、だれがこれを作ったのか、なぜ、なんのために、こんなに太陽からはなれた所をただよっているのか、それを知る者はほとんどいなかった。  宇宙ステーションの内側は、タイヤで言えばゴムの空気が入っている部分が、大小さまざまの部屋になっていた。そして、その中の一つに、一人の少年がいた。 「準備をしてください」  かたく、冷たい声がひびいた。部屋の中はモニターやコンピューターなどの機械でいっぱいで、真ん中が透明のカーテンで囲われている。その内側に、頭が九つあるへびの怪物のような、大きな装置があった。へびの頭のように見えるのは、穴の開いた太いパイプだ。装置から二メートルとはなれていない所に、大きなゴーグルをかけた黒髪の少年が身がまえている。部屋の中に、他に人はいない。少年は声を落としてつぶやいた。 「今度こそ……。今度こそだ……。でないと……」  ボッ!  少年の顔を目がけ、黒いボールが右下のパイプから発射された。  パシッ!  少年はそれを右手でキャッチし、床に放った。そのボールが床に着かないうちに、左上から別の黒いボールが飛んでくる。少年はそれを左手でキャッチ。今度は真ん中の穴から、その次は左下から……。ボールは不規則に次つぎと発射され、少年は次つぎと受け止めていった。  ドッ!  「うっ……!」  ボールが少年のみぞおちに当たった。ボールはゴムでできているが、中に機械も入っているし、当たれば痛い。 「しまった……! あっ!」  次のボールも、少年はつかみそこねてしまった。彼の動きは急にぎこちなくなった。その次のボールは手の甲に当たってはじかれ、その次のボールは耳に当たった。その次のボールは鼻に当たり、その次のボールは……。  ブー! ブー! ブー! 「結果、七十点。不合格です」  ブザーの音がして、かたく冷たい声が聞こえてきた。これはコンピューターの声だ。 「はぁ、はぁ。……また、だめだった……」  少年はゴーグルを外し、息を切らしながらつぶやいた。ひょろっとした体に、ぴったりくっついた長そで長ズボン。まゆの間にしわを寄せて、彼は苦しそうな顔をしていた。ひとみの色は真っ黒で、ぼさぼさの髪の色と同じだ。反対に、はだの色は真っ白だった。ひたいには、ばつ印のような目立つ傷あとがある。クロウ、それが彼の名前だ。 「結果、七十点。不合格です」  コンピューターがくり返した。 「分かってるよ」  クロウはぶっきらぼうに答えた。一度キャッチしそこねてから、結局、最後まで立て直せなかったのだ。次は失敗できないと考えれば考えるほど、体が言うことを聞かなくなってしまう。  いつもこうだ、と彼は思った。くやしくて、そしてそれ以上に自分が情けない気持ちだった。ボールが当たった鼻が、じんじんと痛む。  彼がやっていたのは、スポーツの特訓ではない。両親が言うには、これは一流の宇宙船パイロットになるための訓練なのだそうだ。  クロウの将来の夢は、宇宙船パイロットだ。が、そういうことになっているものの、クロウは正直に言うと、自分が本当にパイロットになりたいのかどうか、最近はよく分からない気がしていた。  今も彼は考えていた。いつから自分は宇宙船パイロットになろうと考えたのだろう……。なれるのかどうかも、分からない。自分のことも、世の中のことも、自分にはぜんぜん分かっていないし……。 「もう一度このトレーニングを行いますか?」  コンピューターがたずねた。が、クロウは答えず、床にうずくまった。さっきのは、今日九回目だった。 「もう一度このトレーニングを行いますか?」 「……やらない」  何度も同じことを聞かれてはたまらない。クロウはしかたなく返事をした。すると、足元に落ちていたボールがひとりでに動き、カーテンのふもとに開いた穴に向かって転がっていった。  ちなみにこの宇宙ステーションは、くるくる回ることで重力を作りだしている。水を入れたバケツを持って腕をぐるぐる回すと、水はバケツに押さえつけられて落ちない。それと同じ原理だ。だからクロウは床の上を動けるし、玉は転がって穴に入ることができる。 「他のトレーニングを行いますか?」 「……やらない。ちょっとほっといてくれよ」  コンピューターの質問に、クロウはいらいらしながら答えた。やりたくない。なんにもしたくない気持ちだった。  なんだか、とても疲れた。すでに今日はひと通りの訓練をやったのだ。  ボールを投げて的に当てる訓練、目かくしをして台から台へとび移る訓練、迷路やパズル、目かくしをして行う迷路やパズル、ひもの長さを当てる訓練、ストップウォッチで時間を当てる訓練、砂時計を見続ける訓練、などなど……。すべて、一流の宇宙船パイロットになるために必要な訓練だ。もちろんその他に、算数や理科の勉強やテストもたっぷりしている。  それがどれもこれも、近ごろはずっと、同じような調子だった。今また他の訓練をしたところで、どれも合格点を出せる気がしない。クロウはそう思った。 「また怒られるんだろうな……。しかたないか」  クロウがうずくまったままつぶやいた。それからちょっと顔をななめ上に向け、透明のカーテンごしに、かべにかかっているモニターの一つをぼんやりながめた。暗闇を背景にして、砂をまいたような無数の小さな星の光が、右から左に流れていく様子が映っている。この宇宙ステーションの外の光景だ。 「もし、外にでも出られたら、気分転換になるんだろうか……」  クロウがつぶやいた。彼は、ここから出たことがなかったのだ。ものごころ付いてから、ずっと。  宇宙ステーションから出たことがないだけではない。この機械だらけの部屋と、となりの、ほとんどベッドだけの部屋、トイレとシャワーと洗面台がいっしょになった部屋、その三部屋から、彼は一歩も出たことがなかった。それがクロウにとっての当たり前の生活だった。やることと言えば、ほとんど訓練と勉強だけ。話し相手と言えば、コンピューターと、時どきここへやってくる両親だけだった。  クロウにとっては、それが当たり前だった。彼はそれを、おかしいと思うことはなかったのだ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!