2 雑用ロボット

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2 雑用ロボット

 こうしてついに、クロウの目の前にロボットの姿が現れた。  その体は大部分が銀色の金属でできていて、球と円柱を組み合わせた、ずんぐりとした体形だ。身長はクロウよりも、頭半分くらい低そうだ。表面にはちょっとした汚れやすり傷、わずかなへこみがちらほら見られるが、叔母たちが言うほどのぼろぼろではない。顔の部分がモニターの画面のようになっているが、真っ黒で、何も映っていなかった。 「えっと、スイッチは……」  クロウがつぶやいた。まだロボットのスイッチが入っていないのだ。クロウはロボットを囲んでいる箱の板を全部外して、ロボットの周りをぐるりと回って調べた。ロボットは背中にランドセルのような物を背負っている。そのランドセルの上、ロボットの首の付け根に、丸いボタンのような物があった。 「これだな。よし」  カチッ。ウイーン……。  クロウがスイッチを押すと、ロボットから音がして、体のところどころが光り始めた。そして、顔の黒い画面に、白い単純な線でかかれた、目とまゆと口が現れた。クロウがわくわくしながらながめていると、横棒一本線だったロボットの口が、半月形に開いた。 「コンバンハ、ご主人様。ご命令をください、ナノデス」  小さい男の子のような声で、ロボットがしゃべった。クロウは軽く手をたたいて言った。 「やった! 動いた! さあ、どうしよう。ここから出るには……。いや、待てよ、まずは……」  クロウは一人でブツブツ言いながら考え、それからロボットに向かって話しかけた。 「きみは、どういうロボットなの? 何ができる? ぼくの言うことはなんでも聞くの? 他の人の言うことは?」  するとロボットはすぐに答えた。 「オイラは、雑用型ロボット、エヌジー〇六七四‐一〇四エックス、ナノデス。家事、単純作業、計算、通信などができます、ナノデス。エット……、後の質問は、なんだったナノデスカ?」 「えっ、だから、ぼくの言うことはなんでも聞くのか、っていうのと、他の人の言うことはどうか、ってこと」  クロウはそう答えてから、あれっ、と首をかしげた。このロボットは、聞いたことを忘れたのだろうか。  ロボットは画面の顔をちょっとあわてたように変えてから、クロウの質問に答えた。 「ゴメンナサイナノデス。あなたをご主人様として設定ずみナノデス。この設定は後で変えることができます、ナノデス。ご主人様の命令には、すべて従うナノデス。ただし、ご主人様や他の人間に危害を加えることはできません、ナノデス。他の方の命令は、ご主人様が指定した方のみ、聞くことになっているナノデス。この設定は後で変えることができます、ナノデス。さらにくわしい説明を見るナノデスカ?」 「いや、大丈夫。ありがとう」  クロウがロボットに答えた。このロボットは、他の人、つまり叔父や叔母の命令を聞くようには、なっていないらしい。好都合だ、とクロウは思った。後は、機械にくわしいのかどうかだ。彼はロボットに言った。 「ちょっと、こっちに来て、これを見てほしいんだけど」  クロウはドアの方に寄りながら、装置を指差した。台車の上に乗っていたロボットは、クロウの方に向かって、その太い足をふみだした。  が、ロボットの歩はばはせまく、最初の一歩が台車のへりに引っかかってしまった。台車はかたむいた。 「ワワワッ!」  ロボットはバランスをくずし、声を上げながら手で宙をかいた。そして……。  ゴガァン! と、あおむけに引っくり返ってしまった。 「うわっ、大丈夫?」  クロウがおどろいて声をかけた。そうしてから、ひょっとして今の音でだれかが様子を見に来るのではないか、と心配になった。  ロボットはしばらくの間、もぞもぞと手足を動かし、さらにすべって床や台車に体をぶつけたりして、やっとのことで上半身を起こした。その間、周りがさわがしくなった様子はなかった。まだ、あの二人には気づかれてないようだ。  ロボットは床に座った姿勢になると、自分の頭をかかえ、うなだれながら言った。 「ゴメンナサイナノデス……。オイラ、どじで、すぐ転ぶし、忘れっぽいし……」  やっぱり……、とクロウは思った。このロボットは、さっき質問を忘れたのだ。ロボットなのに、だ。ロボットは言葉を続けた。 「実は、今までもオイラ、失敗ばかりして、すぐよその場所に売られて、また失敗してよそに売られて、ということをくり返してきた、ナノデス。オイラは、役立たずの、ダメな、できそこないナノデス……」  ロボットの顔の画面の表情は、目を閉じて、明らかにしょげているようだった。  クロウは立ったまま、だまってロボットを見下ろしていた。なんだか、まるで自分を見ているような、そんな気がしていた。クロウは少しかがんで、ロボットに向かって右手を差し出し、こう言った。 「ほら、立って。それからさ、自分のこと、役立たずとか、だめなやつとか、できそこないとかまぬけとか、言うなよ」  ロボットは顔を上げ、少しきょとんとした表情になった。 「この手は、いったい……? ご命令なら、オイラは立つナノデス。それからオイラ、『まぬけ』は言ってないナノデス」 「あっ……」  クロウはちょっと気まずそうにして言った。 「ああ、ごめん……。えっと、つかんだ方が、立ちやすいだろ。それに、別に命令じゃないよ。もう命令はしない」 「やっぱり、オイラ、よそに売られるナノデスカ?」  ロボットが泣き顔になって言った。が、クロウは首を横にふった。 「ちがうよ。……ただ、きみに立ってほしいって思うだけ。それから、ぼくの手助けをしてくれたらうれしいっていうだけ。きみがいやなら、無理に言わない。きみの好きにしたらいいさ。まあ、他に、ここですることもないと思うけど……」  ロボットはふたたびきょとんとした顔になり、それから少しして、その表情を笑顔に変えた。ロボットはクロウの手をがっしりとにぎり、少し高い声で言った。 「了解ナノデス。アリガトウゴザイマス、ご主人様。オイラ、ご主人様の手助けをするナノデス」  クロウも少し笑顔になった。今自分でしていることが、自分で少しふしぎだった。  それから、クロウは苦労してロボットを引っぱり立たせ、二人(正確には、一人の少年と一体のロボット)は、ようやくドアの装置の前に立つことができた。クロウはロボットに言った。 「やっと本題だけど……、この装置で、ドアに鍵がかかってるみたいなんだ。けど、ぼくにはまったく動かせなくてさ。裏側にもある。きみ、こういうのは分かる?」  ロボットは装置を少しながめると、クロウの方に向き直って言った。 「良く分かるナノデス。ご主人様が動かせるようにすれば良いナノデスカ?」 「えっ、ほんと? やった! じゃあ、さっそくたのむよ」 「ちょっぴり、お待ちください」  ロボットはそう言うと、右手を上げた。すると、人差し指が折れて、中からマイナスドライバーのような物が伸び出てきた。ロボットはそれを使って装置の一部を外し、続いて小指から細い管を出して、装置の、今部品を外した所にさしこんだ。 「ご主人様、装置の正面に立って、手を当ててくださいナノデス」  ロボットはそう言って少し体をよけた。クロウは言われるがままに装置に手を当てると、それは少し光って、 「鍵登録者情報を更新しました」 という、聞き慣れないコンピューターの文句が流れた。 「これで、ご主人様が動かせるようになったナノデス。もう一回手を当てれば、ドアが開くナノデス」  ロボットはすでに指を元通りにして、外した装置の部分をはめもどそうとしていた。 「えっ、もう?」  クロウはおどろきの目でロボットを見た。役立たずだなんて、とんでもないことだ。 「あっと言う間に……。きみ、すごいじゃないか」  クロウがそう言うと、ロボットは得意顔になって、こう言った。 「雑用ロボットですから、ナノデス」  さて……、とクロウはうつむきながら考えた。まさか、こんなにうまくいくとは思っていなかった。そもそも、どうしてロボットの箱が……。いや、今はそれよりも、ここからどうするか、だ。  あの叔母と叔父から逃げるため、宇宙ステーションから外に出なくてはいけない。それには、ステーションから出ていく宇宙船にまぎれこむか、それとも、自分でなんとか宇宙船を操縦して飛び立つか、だが……。  クロウは歯がゆかった。自分は宇宙船パイロットになるための訓練をしていたはずだが、肝心の宇宙船については、映画やゲームの知識ぐらいしかないのだ。そもそも、この宇宙ステーションに宇宙船があるのか、よそから来るのかもはっきり知らない。あの二人、特に叔父は、ひんぱんにどこかの惑星に行っているようだが……。 「ドアを開けるのではないナノデスカ?」  ロボットがクロウにたずねた。 「待って。まだ開けちゃだめだ」  クロウは顔を上げ、ロボットのことを見て少し考えてから、彼に聞いてみた。 「きみ、他の機械にも、くわしいの? 宇宙船とかは?」  するとロボットは答えた。 「宇宙船にはくわしくはないですが、運転はできる、ナノデス」 「運転できる! それってくわしいんじゃないの?」 「イイエ。その宇宙船のコンピューターから、操縦方法の情報を得なければいけないナノデス。だから、知らない宇宙船はぜんぜん知らない、ナノデス」 「それなら、じゅうぶんすぎるくらいだよ」  クロウは言った。そして少し間を置いてから、言葉を続けた。 「実はぼく、ここから逃げ出さなくちゃいけないんだ。この宇宙ステーションから、どこか安全な所に」  ロボットは少し不安そうな顔になってたずねた。 「ここは、安全ではない、ナノデスカ?」 「……そうだね、ぼくにとっては。きみにとっても、あんまり安全じゃないと思う。きみの場合、運が良ければ、またよそのだれかに売りに出されるだろうけど……」 「運が良ければ? 運が悪ければ、どうナノデスカ?」  ロボットはうろたえている様子だ。クロウは答えた。 「見つかったとたん、スイッチを切られて捨てられるか、ひょっとしたら、スイッチが入ったまま壊されるかもしれない」 「あんまりナノデス! ひどすぎるナノデス!」  ロボットは顔の表情を、怒ったり泣いたりおびえたりと、めまぐるしく変えている。クロウは落ち着かせる手ぶりをして、ロボットに言った。 「だから……、お願いがあるんだ。ぼくといっしょに、ここから逃げ出してほしい。きみの力があれば、なんとかなるかもしれない」  ロボットは少しきょとんとして言った。 「力には自信があるナノデス」 「……ちょっとちがう感じがするけど」  クロウは苦笑いをしながらつぶやいた。すると、ロボットはまじめな表情になって、こう言った。 「オイラ、いっしょに逃げ出すナノデス。ご主人様のお役に立ちたいナノデス。売られたり壊されたりするのは、もういやナノデス」  クロウは深くうなづいて、それから言った。 「ありがとう。じゃあ、たのむよ。それと、もう一つお願いがあるんだけど」 「何ナノデスカ? ご主人様」 「それ。ご主人様って、よばないでほしいんだ。クロウ、ってよんでくれればいいよ」 「了解ナノデス、ご主人さ……アッ」  ロボットは頭をかかえてうなだれたが、クロウは笑った。 「お約束だなあ。ところで、きみの名前は?」 「オイラは、エヌジー〇六……」  ロボットは顔を上げてそう言いかけたが、クロウが手をふって止めた。 「それは、商品名っていうやつだろ? ここにいる、きみ専用の名前はないの?」  するとロボットは、首を少しかしげながら言った。 「オイラ、今まで人には、ポンコツとか、ガラクタとかよばれてたナノデス」 「それは……」  悪口じゃないか、と言いそうになったが、クロウは口には出さなかった。 「それは、やめようか。他には?」 「他には、バッグ、とよばれることもあったナノデス」  ロボットはそう言った。クロウは少し考えて、つぶやいた。 「バッグ……。いいかもしれない。意味は分からないけど、短いし」  ロボットは少し声を高くして言った。 「それでは、オイラはバッグ、アナタはクロウ、ナノデス」  クロウは少し笑ってから、ふたたび真剣な表情になって言った。 「じゃあバッグ、とにかく宇宙船を見つけよう。ステーションの中にあればいいんだけど」  すると、ロボットのバッグはすぐに答えた。 「それなら、すぐそばの階段を下りたところに、救命用小型宇宙船があるナノデス」 「救命ボートか! でもなんで知ってるの?」  クロウがおどろいて、バッグに聞いた。彼は何気ない口調で答える。 「さっき鍵を開けられるようにした時に、この宇宙ステーションの見取り図を得たナノデス。これがそうナノデス」  と、バッグの顔から目や口が消えて、代わりに宇宙ステーション内部を表した図が現れた。クロウはこの宇宙ステーションについて、自分の部屋以外のことは知らなかったが、今いる場所が図の上で光っているのは分かった。そしてたしかにすぐ近くに、『緊急脱出口』と書かれた部分がある。ここに救命ボート、つまり小型の宇宙船があるのだ。 「よし、分かった。バッグ、顔、もどしていいよ」  バッグの顔に、ふたたび白い線の目や口が現れた。少し不安そうな表情をしている。クロウは言った。 「行こう。ここから出るんだ。見つからないうちに」  バッグは自分の胸の前で両手ににぎりこぶしを作り、言った。 「了解ナノデス、クロウ」  クロウがかべの装置に手を当てると、装置が少し光った後、ピッと音がして、ガラスのドアが横に開いた。クロウは肩ごしにバッグの方を見ると、声をひそめて、こう言った。 「もう一つだけ、お願いがある」 「何ナノデスカ?」 「くれぐれも、足元に気をつけて」
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