5 最後の竜

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5 最後の竜

「いたっ……!」  ヘルメットをぬいだクロウが、声をもらした。彼とバッグとミレーの三人(正確には、一人と一体と一かたまり)を乗せた宇宙船は、燃料をふき出して飛び上がり、惑星アツリョクナベの分厚い雲をぬけて、今は惑星の周りを人工衛星のようにぐるぐる回っていた。 「あら、クロウ。それ、けがしてるんじゃないかしら?」  ミレーが、副操縦席にいるクロウの顔を見て言った。先ほど一部流れてしまった彼女の体は、すでにほとんど元通りの量にもどっていた。 「ああ、なんだろう……」  クロウがつぶやいた。ほおのあたりが少し、ぴりぴり痛かった。 「アッ! クロウ、きっとこれのせいナノデス! 手袋に、ちりが残ってるナノデス!」  バッグが操縦席から言った。クロウが手元をよく見ると、手袋の指の間に、黄色くて先のとがった細かいつぶが付いていた。ヘルメットをぬいで何気なく顔をさわった時に、これで引っかいてしまったのだろう。ミレーもそれを見ると、気の毒そうに言った。 「きっとミレーを守ってくれたせいね。ごめんなさい。でも大丈夫よ。ミレーが治すわ」  その直後、彼女のもやもやした体の一部が、手のように伸びて、クロウのほおをおおった。温かくて、ほっとする、とクロウが思っているうちに、ぴりぴりした痛みが引いていった。 「はい、これで大丈夫よ」  ミレーはそう言いながら、クロウの頭の中に、クロウの今の顔の映像を見せた。奇妙な鏡のような感じだ。 「もうなんとも、なくなってる……。ひょっとしてきみは、生きもののけがを、治せるの?」  クロウは思い出した。そういえば最初にミレーに出会った時、彼女はバッグを治せないとか言っていたのだ。 「そうよ。ミレーはけがや病気を治せるわ。具合が悪くなったら、ミレーにまかせて」  ミレーが、金色に光りながらそう言った。  さて、クロウの宇宙服の片付けが終わると、彼らは次にどの星に行くかを話し合った。惑星アツリョクナベは人の生きていける所ではなく、じっさい死にそうな目にあっただけに、次こそは、危険のない星を目指したかった。  と言っても、他の惑星についての知識があるのは、バッグだけだ。そして困ったことにそのバッグは、人間のいる星をなかなか思い出せず、惑星図とにらめっこしていた。 「どうしてロボットなのに、思い出せなかったり忘れたりするのかな?」  クロウがつぶやいた。それを聞いて、ミレーが言った。 「ロボットは、ふつうは思い出せなく、ならないのかしら? なら、バッグはきっと特別なのね」  クロウは笑った。ミレーはさらに、こう言った。 「ところで、ミレーはふしぎに思うの。どうして、思い出せない、ってことが、思い出せないのに分かるのかしら。知らないのとは、ちがうのよね。知っているはず、ってことは、分かるのよね? 思い出した時は、それが思い出したかったことだ、って、自分で分かるのよね。なぜかしら?」  なるほど、とクロウは思った。そう考えると、忘れたものを思い出せる方が、ふつうのコンピューターより、すごいのかもしれない。もっとも、思い出せれば、の話だが……。 「思い出したナノデス!」  その時ついに、バッグがそうさけんだ。彼はクロウとミレーの方を向いて言った。 「この星より少し外側に、キュウキョクノホシとよばれている惑星があるナノデス。そこには人間が住んでいるナノデス」  クロウは考えながら言った。 「キュウキョク……、究極……? すごくいい星ってこと? それはひょっとして、ニワツキイッコダテのこと……?」 「……知らないナノデス。オイラ、行ったことはないナノデス。でも、そこで作られた品物が、他の星に輸出されてるナノデス。人間がたくさんいるのはまちがいないナノデス」 「うーん……。それだと、また機械がやってるのかもしれないからなあ」  クロウはそう言った。するとバッグは首を横に大きくふって言った。 「ちがうナノデス。音楽も作っているナノデス」  たしかに、音楽を、わざわざ人の住めない星で機械に作らせる理屈はない。 「なるほど……。ミレーは知ってる?」  クロウが言った。ミレーは少し間を置いてから答えた。 「ミレーは聞いたことないと思うわ。けど、名前のひびきは、とってもすてきね」  クロウはまた少し考えた後、バッグとミレーの顔を見て言った。 「じゃあ、そのキュウキョクノホシって所に、行ってみる?」 「ミレーは行ってみたいわ」 「オイラも行ってみたいナノデス」  二人は明るくそう言った。クロウも気分が明るくなった。 「分かった。そこに行こう。でもバッグ、次はぜったいにすぐ降りないで、まず外から、その星を調べるんだ」 「了解ナノデス」  バッグがまじめな表情で言った。すると、ミレーが何気なく言った。 「その星までは、どのくらいかかるのかしら?」  これを聞いて、クロウはドキリとした。惑星アツリョクナベとキュウキョクノホシの、おたがいの位置関係が悪ければ、時間か燃料がものすごくかかることもあるのだ。  バッグはコクピットの機械をあれこれさわると、こう言った。 「エーット……、二日で行けるナノデス。ここから見える所にあるナノデス」  クロウの肉眼では見えなかったが、モニターの一つに外の景色が拡大されていて、白っぽく、にぶく光る星が映っていた。クロウは少し息をついて、それから言った。 「よし……。じゃあ、出発しよう。目指すはキュウキョクノホシだ」 「了解ナノデス。シートベルトをしめるナノデス。ミレーは、エーット……」  クロウはミレーをヘルメットの中に入れてあげた。彼女はそれを気に入ったようだった。  と、その時だった。コクピットのモニターの一つが切りかわり、がさがさ乱れた映像が現れた。そして、とぎれとぎれの声が聞こえてきたのだ――。 「な……きえ……クロウ……」  おそれがクロウの背筋を走った。彼の名をよぶ声の主は、クロウの叔母、ジャンだった。そしてさらに、とぎれとぎれで、叔父ジャックの声も聞こえてきた。 「クロウ……やりやが……」  しかし、二人の声はすぐに切れてしまって、それっきりだった。モニターも通信用の画面を終了したようだ。 「……今のは、だれかしら?」  ミレーが聞いた。バッグもじっとクロウを見ている。クロウはまだバッグに、二人が何者なのかをきちんと伝えていなかった。クロウは顔をしかめ、低い声で言った。 「今のは、ぼくの母親と父親……、いや、叔母と叔父だ。ぼくはあの二人から逃げてきたんだ……。バッグ、ぼくらの居場所は、もう向こうに、ばれたんだろうか」 「それはないナノデス。今のは、オイラたちがワープした直後の、二人の様子ナノデス。電波があの宇宙ステーションからここまで、時間をかけて、たどり着いたナノデス」  クロウは胸をなで下ろした。 「なるほど……。じゃあ、ジャンが『きえ……』って言ったのは、この宇宙船が『消えた』のを見て、おどろいたってことか」  バッグは感心したような顔になって、それから聞いた。 「『ヤリヤガ』というのは、何ナノデスカ? オイラ気になるナノデス」  クロウは考えてみたが、見当は付かなかった。彼は首を横にふると、きっぱり言った。 「さあね。もういいよ。向こうからすぐに、切っちゃったみたいだしさ。バッグ、この宇宙船の場所がばれないように、電波には気をつけて」 「了解ナノデス。……でも、今まで救難信号は出ていたナノデス」  この宇宙船は、救命ボートなのだ。クロウはしまったと思った。 「……しかたない。これからはオフにしよう。いいさ。今から別の所に行くんだから」  それから宇宙船は燃料をふき上げ、キュウキョクノホシ目指して飛んでいった。  その後しばらくして安定したコースに入ると、宇宙船は静かになった。クロウは目を閉じ、まゆの間にしわを寄せながら、大きなため息をついた。 「なんだか、大変そうね……」  ミレーが、ヘルメットの中からクロウに話しかけた。 「……うん……。さっきの声の二人……。いやになるよ……」  クロウが言った。ミレーはヘルメットの中から顔を出すと、静かな声で彼に言った。 「もし良かったら、ミレーたちに聞かせて? 話せば少しは楽になるかもしれないもの」 「オイラも、ミレーと同じ意見ナノデス。一人で考えこむのは良くないナノデス」  バッグもクロウの方を向いて、まじめな顔で言った。クロウはしばらくまよっていたが、やがて、ぽつりぽつりと、宇宙ステーションでの今までの暮らしについて、二人に語ったのだった――。  ミレーとバッグは、時どき相づちを打ちながら、じっとクロウの話に耳をかたむけてくれた。クロウは一通り話し終わると、ミレーが言ったように、少し気持ちが楽になった気がした。ミレーは言った。 「辛かったのね……。クロウはえらいわ。ずっと、しんぼうしてたんだもの」  クロウはなんだか、なみだが出そうになった。 「あの二人は、ウソをついてるナノデス。クロウみたいに閉じこめられてる子供は、宇宙にそうはいないナノデス。とんでもないナノデス。わけが分からないナノデス」  バッグも自分のことのように怒って言った。クロウはしばらくだまっていたが、やがて静かに笑って、つぶやいた。 「二人とも、ありがとう……」  それから彼は、わざと明るい声で二人に言った。 「さあ、いろいろ落ち着いたところで、そろそろ寝ようか。今日は疲れたよ」  しかし、バッグとミレーはきょとんとしている。 「あれ……? 寝なきゃいけないのは、ぼくだけ?」  三人の宇宙船は、キュウキョクノホシに向かって、順調に進んでいった。  船は人間が生きるのに最低限の物しか積んでいなかったが、三人はおしゃべりしたり、無重力でいろいろためして遊んだりして、たいくつはしなかった。クロウの食事の非常食も、種類がたくさんあって、朝はオムレツ、昼はグラタン、夜は天ぷらなど、毎食楽しめた。バッグとミレーは、食事も睡眠もとらないようだった。  そうこうしているうちに、宇宙船内の時計で二日目の昼ごろ、三人はキュウキョクノホシにたどり着いた。  それはアツリョクナベより少し小さい惑星で、濃い灰色の海と、少しうすい灰色の大地が広がっていた。夜の側には、あかりも光っているのが見える。宇宙船の機械で調べたところ、昼間の気温は平均二十五度。工事された港がある。緑はほとんどないが、四角く区切られた畑のようなものも見える。道路があり、建物がある。  三人が惑星の様子を探っていると、モニターから、明るく親しげな声が聞こえてきた。 「キュウキョクノホシにようこそ。ここは人類のやすらぎの場所です。わたしたちは友人であるみなさまを歓迎いたします」  三人はおどろいて顔を見合わせた。バッグは大喜びで、すぐにその声に話しかけた。 「モシモシ。友人とは、オイラたちのことナノデスカ? この星は人間が住んでるナノデスカ? オイラたちも住んで良いナノデスカ?」  すると声が答えた。人間らしい、女の人の声だ。 「すべてその通りでございます。わたしたちはあなたがたを友人として歓迎いたします。この星には、さまざまな星から来た人間が、おおぜいいらっしゃいます。この快適な星に、あなたがたはいつまででもお住みいただけますよ」  バッグはクロウたちの顔を見て小おどりした。 「やったナノデス! やっぱり人間がいる惑星だったナノデス。クロウもここに住めるナノデス!」 「フフッ。バッグの記憶のおかげね」  ミレーが笑って言った。クロウもちょっと笑って、バッグに言った。 「ああ、そうだね。この前は、うたがったりして悪かったよ」 「では、大気圏突入しても良いナノデスカ?」  クロウはミレーを見ると、彼女はうなづいた。クロウもうなづいて、それから言った。 「ここに降りよう。みんな、準備して」  こうして三人の宇宙船は、惑星キュウキョクノホシの大気圏に突入した。そのはげしさはアツリョクナベの時と変わらなかったが、クロウの気持ちはずっと軽かった。  ここの人びとの中にまじってしまえば、叔母たちが自分を見つけることは、もう不可能だろう。あとは、自分ががんばって、ここで生活していくだけだ。クロウは不安を押し殺し、期待だけを胸にいだくように努めて、大気圏突入をたえきった。
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